特に子供と高齢者の咀嚼力が低下しているshutterstock.com
「咀嚼とは何ですか?」と質問すれば、「馬鹿にするな」と怒る人がいるかもしれない。「かみくだくこと。かみくだいて味わうこと」は辞書『広辞苑』(岩波書店)の定義だ。
ところが、この咀嚼をあだやおろそかにしていると、さまざまな健康被害をもたらすのだという。逆を言えば、しっかり咀嚼すれば、元気でいられる可能性が高いのだ。奥深い「咀嚼の世界」とはどのようなものなのか、M.I.H.O.矯正歯科クリニック院長の今村美穂医師に聞いた。
日本の子供たちの歯並びは世界ワースト1
――食べ物を噛んで飲み込むなんてことは、人間なら誰でもやっていることではないでしょうか?
今村:残念ながら、その認識は完全に間違っています。生まれたばかりの赤ちゃんは母乳やミルクで育ちます。咀嚼は必要ありません。離乳食だって、そのまま飲み込めるものが少なくないですよね。咀嚼は本能的ものではないんです。後天的なスキルです。人間は5〜6カ月頃から3歳ぐらいまでの間にさまざまな食べ物を噛み、咀嚼の練習をする必要があります。
――咀嚼は後天的なものだということは分かりましたが、それでもごく自然に習得できてしまう気がします。
今村:赤ちゃんがなかなか咀嚼を覚えないため、苦労したお母さんやお父さんはたくさんいらっしゃいますよ。しかも現在、日本の子供たちの歯並びは世界ワースト1ではないかと感じている歯科医は、私も含め決して少なくありません。これは咀嚼不足が背景にあると思われます。
――世界ワースト1位とか、日本人の子供が咀嚼不足だとか、にわかには信じられません。
今村:戦後70年、日本人の食生活は大きく変わりました。具体的には「軟食化」です。日本人は老若男女を問わず、甘くて柔らかいものが大好きになり、そればかり食べるようになってしまいました。
――確かに固い煎餅とか、噛みきるのに苦労したタクアンとか、口にするどころか、目にする機会も減っている気がします。
今村:注意して頂きたいのですが、食の欧米化が軟食化の原因ではないんです。例えばヨーロッパのパン屋さんに入れば、今でも非常に堅い黒パンがたくさん並んでいます。フランスパンも相当に堅いものです。しかし日本では白くて甘くて柔らかい食パンが一番人気なのは、皆さんよくご存じでしょう。アメリカに住んだことがある方なら、ひょっとするとレストランなどで温野菜が生かと思うほど堅かった経験をお持ちかもしれません。特にブロッコリーは、日本人の感覚からすると本当に堅いですね。そして何よりステーキです。日本の和牛とは正反対の、脂身の少ない赤身をウエルダンで焼きあげ、男性だろうが女性だろうが、堅い肉を強烈に咀嚼して食べてしまいます。