ラッセル・エドワーズが上梓した「Naming Jack the Ripper(邦題『切り裂きジャック 127年目の真実』角川書店)」ではDNA鑑定によって犯人を特定!?
127年前のロンドンの下町、イースト・エンドのホワイトチャペル地区。シリアルキラー(連続殺人犯)が闇夜に乗じて徘徊し、1888年8月31日から11月9日の約2ヶ月間に、娼婦5人が次々と切り刻まれた。ロンドン市民を震え上がらせた、「切り裂きジャック」による連続猟奇殺人事件だ。
最初の被害者は、メアリー・アン・ニコルズ42歳。首を絞められ、メスのような鋭利な刃物で喉を2度切り裂かれる。みぞおちから足の付け根まで切り刻まれ、性器にも損傷を受けた。
5件の殺害は、常に公共の場か、それに近い場所での凶行だった。犯人は、死体を解体し内臓を摘出。部位ごとにまとめて現場に置いたり、一部を持ち帰った。事件はいずれも未解決で迷宮入りで、署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけるなど、劇場型犯罪の走りとなった。
切り裂きジャックは誰?
犯人は、精神病患者か? 警官か? 王室関係者か? 臓器を摘出する手際のよさから、解剖に手慣れた医師説や女性犯行説もある。
被疑者は数人いる――。
弁護士で教師のモンタギュー・ジョン・ドルイトは、風貌が目撃証言と似ていたが、最後の事件後、12月1日にテムズ川に飛び込み自殺。精神病の持病があったとも伝わる。ロシア海軍の外科医マイケル・オストログは、殺人、詐欺、窃盗の常習犯で、精神医療施設に隔離された経歴もある。
アメリカ人医師のトマス・ニール・クリームは、危険な薬物(ストリキニーネ)で娼婦を毒殺。ランベスの毒殺魔と恐れられた。事件が起きた1888年当時は、アメリカのイリノイ州刑務所に投獄されていたという。1892年に死刑が執行されている。
木綿商人のジェイムズ・メイブリックは、事件の3週間前、現場近くのミドルセクス・ストリートに部屋を借りた。1991年に発見された切り裂きジャックの日記は、メイブリックのものと目される。日記には、被害者の体の一部を持ち去り食したとの記述があるが、真偽は不明。1889年に妻フローレンスに殺害された。
プロファイリングにより、犯人は死体の解体に慣れ、血まみれでも怪しまれないユダヤ人の精肉業者、という説が浮上――。ジェイコブ・リーヴィーは、梅毒による精神障害、ノイローゼ、徘徊癖があり、犯行現場の近くに居住していた。また、同じユダヤ人の精肉業者ジョゼフ・リーヴィーは、ジェイコブが犯人と知っていたが、ユダヤ人への迫害を恐れて口をつぐんだともいわれている。犯人は、ユダヤ人の靴職人を意味するレザーエプロンという噂も巷に流れた。
29万分の1の確率でしか見られない稀な遺伝子変異が決め手!?
昨年9月、1冊の本が世界を驚かせた。台風の目は、安楽椅子探偵を標榜するイギリスの企業家ラッセル・エドワーズが上梓した「Naming Jack the Ripper(邦題『切り裂きジャック 127年目の真実』角川書店)」。エドワーズはDNA鑑定を行い、切り裂きジャックはユダヤ人理髪師のアーロン・コスミンスキーと主張した。
コスミンスキーは、犯行当時、6人いた主要な容疑者の1人。ポーランド出身で1881年に家族と共にロンドンに移住、殺人現場の近隣に住んだ。犯罪歴や精神病院の入院歴があり、娼婦を憎んでいたという。目撃者の証言から逮捕されたが、重い精神錯乱があり、筆跡鑑定でも切り裂きジャックの手紙の筆跡と不一致。証拠不十分のため不起訴に。1919年に強制入院先の精神病院で死亡した。
コスミンスキー犯人説を唱えるエドワーズは、4番目の被害者キャサリン・エドウズが身につけていたショールを、2007年にオークションで落札。コスミンスキーの子孫の協力を得た上で、ショールに付いていた血液からDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAの増幅に成功。キャサリン・エドウズの女系の子孫カレンのものと比較した結果、2つのミトコンドリアDNAが一致。 ショールの血痕とカレンのミトコンドリアDNAは、ある特定の家系や集団でしか見られない遺伝子変異の配列変化が判明したという。
ミトコンドリアDNAは母性遺伝する。つまり、キャサリン・エドウズのミトコンドリアDNAは、女系の子孫カレンに受け継がれていく。カレンとショールの血痕から見つかったDNA変異の保有率は、わずか0.000003506。29万分の1の確率でしか見られない稀な遺伝子変異だった。ショールに残っていた精液のシミから、精液のDNA抽出へ進んだ。
しかし、ショールは多数の人が触れているため、DNAサンプルの信頼度は低いという専門家の指摘も強かった......。