1989年、第101回・直木賞を受賞した、ねじめ正一の『高円寺純情商店街』は、「天狗熱」という章から始まる――。昭和30年代の乾物屋が舞台で、体は大きいが気の小さい主が、何か困ったことがあると「天狗熱」という熱病になって寝込むのである。戦争で南方に従軍したときに罹ったのが最初だという「なんとなく凄いな」と思わせる病気で、家族は「天狗熱」と呼んでいるが正式名称は実は「デング熱なのだ」と、主は息子にこっそり打ち明ける。
このデング熱が、昨年70年ぶりに日本国内での感染が確認された。デング熱は東南アジアなど熱帯・亜熱帯地域の病気で、突然の発熱、激しい頭痛、関節・筋肉の痛みなどに襲われ、後半になって発疹が出て、1週間ほどで回復する。通常、後遺症はない。
デングウイルスは、蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ)を媒介にして感染するので、人から人へうつることはない。デング熱に罹った人を刺した蚊が別の人を刺すことで伝染し、潜伏期間は3~7日となっている。
だから、冒頭の乾物屋の主のように、蚊もいない時期にたびたびデング熱に見舞われるというのは、現実にはありえない。奥さんに看病してもらいたいというような心理が、本人も気づかぬうちに熱病のような症状を起こし、発熱で真っ赤な顔をしてうんうんと寝ているという愛すべきキャラクターなのだ。
ビールを飲んでいる人、O型の人、は蚊にさされやすい
今年は東南アジアでデング熱の流行が続いており、現地を旅行中に感染し、帰国後、日本国内で発症した人が、すでに80人にのぼっている。これは1999年の調査開始以来、最速なのだそうだ(5月10日現在)。
ワクチンがないので、デング熱発生地帯での予防法は、蚊に刺されないようにすることに尽きるのだが、蚊に刺されやすい人、蚊に刺されにくい人がいることをご存知だろうか。
刺すのはメスの蚊だけだから、男性のほうが刺されるのかと思いきや、そうでもないらしい。今までの研究結果をまとめると、刺されやすいのは以下のような人だ。
①アルコールを飲んでいる
②妊婦
③血液型がO型の人
④皮膚が蚊の好む香りの人
①以外は、本人ではどうにもならないところに宿命的なものを感じてしまう。さらにこの4月、より宿命的な研究結果が発表された----。
蚊にさされやすいかどうかは、遺伝子で決まっている
ロンドン大学のG・M・フェマンデ-グランドンらは、蚊がたくさん入っている装置を用意し、一卵性双生児と二卵性双生児のそれぞれに腕を入れてもらい、どれだけ蚊にさされるかという実験を行った。一卵性双生児同士は、遺伝子の内容がほとんど同じなのである。すると、一卵性双生児同士のほうが二卵性双生児同士よりも、蚊にさされた数が一致する傾向にあった。
つまり、刺されやすいのか刺されにくいのかは、遺伝子で決まっている可能性があるというのだ。サンプル数が少ないため、今後さらに研究が必要だが、もしこれが正しいのであれば、蚊にさされやすいのは生まれつきということになる。何かと生きにくいこの世の中に、理不尽なことがまた増えたというわけだ。
ところで、仮にデングウイルスに感染した蚊に刺されても、50~80%は発症しないということだから、極度に心配しないでほしい。
(文=編集部)