SFTSウイルスはマダニが媒介者となる
●致死率30%超のウイルス感染症が日本で発生
日本国内を震撼させたデング熱騒動。ヒトスジシマカが媒介するデングウイルスにより発症するこの感染症の患者数は100人を超え、首都圏を中心に騒動が続いた。しかし、デング熱は感染者の約80%は無症状。重症化するのは感染者の5%ほどで、その一部が死に至る。極論すれば、感染しても多くの人はほとんど問題にならない。
ところが、この騒動の陰で、致死率30%超という新種のウイルス感染症が日本で発生しているのをご存じだろうか。
問題の感染症は、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)。SFTSが最初に確認されたのは2009年で、中国の湖北省と河南省の山岳地帯での集団発生。11年になって中国の研究者が、この原因がマダニが媒介する新種のウイルス(SFTSウイルス)であると報告した。
●患者数101人のうち30人が死亡
主な症状は発熱、おう吐、下痢、頭痛、筋肉痛などで、アフリカで猛威を振るっているエボラ出血熱のような下血や血便などの出血症状も確認されている。ごく初期は症状だけで他の病気と見分けがつきにくい。
出血症状が起こるのは血小板の数が異常な減少をみせるためで、この他に免疫を司る白血球の数、肝機能値などが異常に低下していることなどが確認され、同じような症状を示す他の病気の可能性がなくなれば疑いが濃厚。最終的には患者の血液でウイルスの遺伝子の有無を調べることになる。
日本では12年秋に同様の症状を呈した患者が死亡し、13年1月になってこの患者が入院中に採取された血液からSFTSウイルスが見つかり、日本初の患者として報告された。この患者は中国など海外渡航歴はなかった。これ以降、14年9月10日までに西日本の16県で患者数101人、うち30人が死亡している。致死率は約30%と、日本国内で発見される感染症の中では最も高い部類に位置する。
●SFTSウイルスの感染経路は...
でも、なぜ中国で見つかった感染症が渡航歴もない日本人で見つかるのか?
ウイルスの遺伝子検査の結果から、日本で見つかったSFTSウイルスは、中国で発見されていたものと遺伝子は近いものの、厳密には異なるため、日本に元々存在していたものが見つかり始めてきたと考えられている。実際これを裏付けるように、初の患者報告以降、過去から保存されている血液サンプルをさかのぼって調べた結果、05年に採取された日本人の血液からSFTSウイルスが発見されている。
西日本に患者が集中しているのは、SFTSウイルスを持つタカサゴキララマダニ、フタトゲチマダニの生息数が多く、なおかつウイルスを保有しているダニの割合も多いためだ。ただ、北海道や岩手県、宮城県、静岡県などの東日本にもこれらのダニは生息し、しかも実際にSFTSウイルスを保有しているダニも発見されている。つまり、日本国内ではどの地域でも感染の危険があるということだ。
SFTSウイルスの感染経路はこの2種類のマダニに咬まれることであり、人同士で空気感染をしたりはしない。人家周辺に生息し、喘息などアレルギー疾患の原因として知られるイエダニなどと違い、これらのマダニは野山や深い草むらなどに生息しているため、そのような場所に分け入った時などは感染の可能性が出てくる。
2種類のマダニとも概ね体長5mmほど。ヒトを吸血すると10mm程度に大きくなるため肉眼での確認も可能だ。その意味では、診断の際にダニに咬まれたかは非常に重要なポイントだが、咬まれた時に必ずしもチクリとした痛みを感じない場合もある。
●究極の対策はダニに咬まれないこと
これまでの患者と死者の報告は60代以上の高齢者が中心で、高齢者では重症化のリスクが高いと考えられている。とりわけ他の病気で免疫状態が悪い場合は、致死化の危険があると思われているものの、症例数も少ないため詳細はまだ不明。逆に若者の患者報告が極めて少ないため、この年齢層では軽症で済んでいる可能性も考えられている。
ちなみに、空気感染はないものの、感染者の血液など体液に接触した場合には感染することがある。中国では医療従事者や感染者の遺体に接触した葬祭業者での感染が確認されているため、体液との接触は注意が必要だ。
現時点でSFTSに関しては予防ワクチンやSFTSウイルスを抑える特定の治療薬はない。症状が出たら、発熱がひどい場合には解熱剤投与、血小板減少による血圧低下時には点滴による進行抑制、合併症の細菌性肺炎に抗生物質投与など「対症療法」と呼ばれる、症状に応じた治療を行うしかない。
究極の対策は、SFTSウイルスを持つダニに咬まれないことに尽きる。山などに入る場合は肌を晒さないのが理想だが、一般人が野山に足を踏み入れるのは夏など天候の良い時期が多いため、長袖、長ズボンでの完全防備は結構きつい。よって、効果的なのが虫よけスプレーの使用だ。とりわけDEET(ディート)と呼ばれる化合物が含まれている虫よけスプレーは最も有効だが、日本で発売中のDEET含有虫よけスプレーの濃度は最高でも12%で、効果持続時間は約2時間。長時間、野山に入る場合は2時間ごとに虫よけスプレーを塗り直す必要がある。
いずれにせよ、デング熱よりはるかに恐ろしい感染症が徐々に身の回りに迫って来ていることを重々承知しておいた方がいいだろう。
(文・チーム・ヘルスプレス)