タイのデング熱撲滅キャンペーン
残暑の蒸し暑さも苦痛だが、蚊など毒を持った虫がここに来て勢いづくのも耐えられない。今年8月、日本で海外渡航歴のない3人がデング熱を発症、厚生労働省の発表によれば、2日までに34人が感染したとされている。デング熱の感染が国内で確認されたのは69年ぶりのことだ。
デング熱は、デングウイルスが蚊によって媒介され、発熱、頭痛などを引き起こす。時にはデングショック症候群やデング出血熱などの重い病気が発症することもあるので、安易に考えてはいけない。
蚊が媒介する深刻な病気といえば、マラリアが思い浮かぶ。マラリア原虫の寄生によって高熱、悪寒が引き起こされる感染症だが、主にハマダラカによって媒介される。毎年、世界中で65万人以上が死んでいる恐ろしい病気だ。そんなマラリアへの対策は、これまでも研究されてきた。
マラリア原虫を運ぶのは蚊なのだから、蚊を駆除すれば感染症もなくなるはずである。世界中の科学者が頭を悩ませた結果、蚊の遺伝子を操作すればいいのではないかという結論に行き着いた。そうした研究の成果がいくつかある。
まず、イギリス企業の研究者グループがブラジルのネッタイシマカの遺伝子組み換えに成功した。初めに特定の抗生物質がなければ幼虫から成虫になれないオスの蚊を研究所内で作り出す。成虫になったオスを外に放つと、このオスは野生のメスと生殖し卵が生まれ幼虫となるのだが、この幼虫も抗生物質がなければ成虫になれないため、そのまま死んでしまう。やがて研究所から放たれたオスも死ぬ。この方法を導入した地域では、85%もネッタイシマカが減ったというデータが出ている。
遺伝子操作ですべての蚊がオスだけになり絶滅?
もうひとつの遺伝子組み換え研究は、ロンドン大学の研究チームが発表したもの。こちらはガンビアハマダラカを対象としている。蚊は、ほぼ50%ずつオスとメスが生まれる。ところが、このチームによる遺伝子組み換え技術をオスに適用することで、そのオスがメスに生ませた卵の約95%がオスになるという。メスになることを決定するX染色体を精子内で機能させなくし、Y染色体だけが機能するようにするのだ。
遺伝子組み換えを行ったオスと、野生のメスをケースに入れて繁殖させることを繰り返すと、第6世代に達するまでにケース内の蚊が全滅するという。この遺伝子組み換えを施したオスを野に放てば、やがて同じ種の蚊は全滅することになる。
こうした遺伝子組み換えによる蚊の撲滅には、反対意見も少なくない。例えば、生態系への影響が挙げられる。ひとつの種類の蚊が絶滅した場合、この蚊によって抑えられていた別種の蚊やあるいは別の生き物の移動や急増も考えられる。それらが人類に危害を及ぼす生物だった場合はどうなるのか、という指摘だ。
もうひとつの懸念は、遺伝子組み換えをしても環境に適応してしまい、予期したような作用を及ぼさなくなったらどうするか。より強烈な力を持った蚊が生まれることになるのではないかという危惧もある。デング熱を媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカについても、全滅させればいいという考えもあるだろうが、その結果として、われわれにどのような影響をもたらすかは予測がつかない点が多い。
【ビジネスジャーナル初出】(2014年9月)
(文=チーム・ヘルスプレス)