安全保障関連法案の国会審議が、5月26日から始まった。野党議員が「戦争法案」と呼び、法曹界をはじめとする各分野、多くの市民団体が、日本を戦争する国へと導く「戦争立法」と反対表明を出し、今、国内外の注目を集めている法案だ。
一方で、日本経済新聞の調査によると、国民の92%が「説明不足」や「わからない」と答え、84%が「安倍首相の説明に納得できない」や「わからない」と答えている。
このように、国民への影響が極めて不透明な法案だが、自衛隊の海外派遣の範囲が大幅に拡大することは確かだ。活動地域が従来の「非戦闘地域」から、「現に戦闘が行われている現場以外」へと変更されている。つまり、20日の党首討論で民主党の岡田克也代表が述べたように、「相手から見れば敵と同じ」「戦闘に巻き込まれるリスクはある」状況へと変わることになる。
安倍首相自ら、その危険性について、26日の衆院本会議で「自衛隊員のリスクは残る」と述べている。20日の党首討論では、「リスクは関わりがない」と説明したばかりであるのに......。
深刻化する米兵の自殺問題
ちょうどその頃、興味深い記事が、共同通信ワシントン支局より配信されている。アフガニスタンとイラクの戦争で、心に傷を負った米兵の自殺問題が、深刻化しているというのだ。審議3日目の5月28日の配信記事である。
アフガニスタンとイラクの戦争は、当時の米兵にとって、かなり士気の高かった戦争だ。しかし、戦争の現実に直面した多くの米兵が、帰還後、さまざまな精神病に苦しめられているのは周知の事実だ。自殺者も多いが、アルコールやドラッグに頼ったり、生活破綻する者も多く、家族ともども苦しめられている。
米陸軍公衆衛生司令部の統計などによると、2012年の自殺者数がもっとも高く、年間320人。同年、戦死した米兵は311人とされているので、自殺者数の方が多いことになる。この年は、2001年に戦争が始まってから、およそ10年後となる。
こうした現象の主な原因は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)だという。PTSDとは「強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、こころのダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるもの」(厚生労働省「みんなのメンタルヘルス 総合サイト」より)である。
国会では主に、自衛隊の身の危険性に焦点が当てられているが、メンタルヘルスの観点においても、かなりの危険を伴うことは想像に難くない。
忘れた頃に襲ってくる遅延型PTSD
PTSDは、トラウマ体験の後、ほどなくして発症するとされてきた。世界保健機構(WHO)による診断基準(ICD-10)でも、「外傷の出来事から1か月後も持続。しかし、遅くとも6か月以内の発症」と規定されている。
しかし近年は、「そのかぎりでない」との認識が広まっている。例えば、太平洋戦争の末期に、凄惨な地上戦が繰り広げられた沖縄では、戦争体験した高齢者のPTSDが注目されている。戦後、半世紀以上が経ち、高齢化してから、下記のようなPTSD症状を訴えるケースが多発しているのだ。
○不眠
○戦時記憶の侵入的増大
○発作性不安
こうしたケースは、米国精神医学会では認められており、同学会の診断基準「DSM-IV」では、出来事から6か月以上の間隔をおいて発症するケースを、「発症遅延型」と定義している。厚生労働省も、「ストレスとなる出来事を経験してから数週間、ときには何年もたってから症状が出ることもあります」としている。
「発症遅延型」についてはまだ研究の途中ではあるが、沖縄の高齢者の治療を通してこの研究を続けてきた精神科医の蟻塚亮二医師は、社会生活をするために長年、意識化に押さえ込んできた辛い記憶が、高齢化して生活にゆとりができたタイミングで蘇ってきたのではないかと考えている。
PTSDはこのように、時間差で症状が現れることがあり、自衛隊員の長期的な保障態勢は不可欠であろう。
またPTSDの発症は、戦地にかぎった話ではない。日本では、阪神大震災、地下鉄サリン事件などの後に、PTSDが注目されたが、災害やテロはもとより、暴力や虐待、レイプ、交通事故などの個人的な体験も、PTSDの原因となる。
日本が戦争する国となれば、私たちの日常生活圏にも、戦争の余波が訪れるだろう。敵国による攻撃やテロ活動など、一般の国民がトラウマ体験に直面する可能性も否めない。自衛隊員のみならず、国民のメンタルヘルスすら危惧される事態となるのは、避けたいところだ。
今週から再開する、安全保障関連法案の審議の行方を、注視していきたい。
(文=編集部)