悩みを抱えた人を早く見つけて支援することが自殺を防ぐ antoniogravante/IXTA(ピクスタ)
自殺は日本人の主な死因の一つ。だが、自殺は社会や周囲の人の支えによって救えることのできる命だ――。
日本における自殺者のピークは1950年後半、すなわち終戦後の混乱期。1980年代後半にバブル崩壊などの経済不況で中年男性の自殺が急増。2度目のピークを迎えた。
1998年には年間自殺者数が3万2863人(警察庁発表)となり、統計のある1897年以降で初めて3万人を突破。3万人を超える水準は2011年まで連続14年間続いたが、2014年は2万5427人で5年連続減少傾向にある。
しかし、10万人あたりの自殺率は20.9人。OECD(経済協力開発機構)の平均12.4人と比べて未だに大きい値だ(2014年)。明らかに要注意だとOECDは勧告している。
さらに、20~40代の自殺率は依然高いままだ。「2014年版自殺対策白書」では、15~39歳の各年代の死因トップは自殺。同白書によると「若い世代(15~34歳)で死因1位が自殺なのは先進7カ国では日本のみ」と指摘している。
かつて私は、予防医学の国際学会に出席したとき、ヨーロッパの研究者から「日本は奇妙な国だ。これほどまでに自殺者が多いのに、官民挙げての包括的な予防対策をとらないんだから」と言われた。このような状況を放置していた日本は、先進諸国の研究者からは奇妙に映るのかもしれない。
8割以上が精神疾患、適切な治療で自殺は減少できる?
これまで警察庁の統計では、自殺の動機では、「健康問題」(病苦など)が最も多く、「経済・生活問題」(事業不振や借金など)と合わせて約7割を占めていた。しかし、より正確な現状を把握するため、警察庁は自殺の原因・動機などをより詳細に公表。自殺の予防対策が推進されている。
精神科を中心とした医学の領域でも、自殺の原因分析がすすめられている。WHO(世界保健機関)が実施した調査によると、自殺に及ぶ前に約95%の人は何らかの精神疾患に該当する状態であったそうだ。具体的には、躁病やうつ病などが30%と最も多く、アルコール依存症や覚せい剤による精神疾患などが18%、統合失調症が14%と続く。
WHOの「自殺予防マニュアル」によると、自殺既遂者の9割が精神疾患を持ち、6割がその際に抑うつ状態であったと推定。日本では、高度救命救急センター搬送の自殺未遂者の8割以上に精神疾患が認められたという。
だが、このような状況にありながらも、適切な治療を受けていた人は約2割。仮にこれらの悩みを抱えた人を早く見つけて適切な治療を施せば、自殺率は3割以上減少できるといわれている。
孤立を防ぐことが自殺者の早期発見に
自殺の可能性がある人を早期に発見すること、これが最も重要な予防対策だ。とはいえ、事前に医療機関を受診している人のほうが少ない。さらに、自殺は多くの因子が複雑に絡み合って進行するため、そのような人を見つけるのは容易ではない。
しかし、これまでの研究では、どの年代の人にも、自殺を試みる数カ月前にストレスの多い生活をしていたことが指摘されている。
若年から中年者では、主に「仕事・金銭・人間関係」、高齢者では「病気・何かを失う喪失感」が該当するようだ。このような問題で悩んでいる人がいたら、周囲の人が相談にのったり、手をさしのべてほしい。
さらに、自殺の危険因子を多く持つ人を発見することも大切だ。まず一番に挙げられるのは、過去に自殺未遂歴があること。手首を切る、薬物を多量に飲むなどの自殺未遂歴がある人は、一般の人よりも自殺率が高いことが知られている。このような人は、家族と連携して注意深く観察し、精神神経科などの医療機関の受診を強くすすめることが重要だ。
そのほか、私たちが行った検討では、何らかの精神疾患がある人の中でも、一人暮らしの人は明らかに自殺率が高いことがわかった。一人暮らしでは悩みを話す相談相手がいない。支援が得られにくい状況が自殺を招くのだ。
一人暮らしで何らかの悩みを抱えている人を早期に発見し、家族と密に連絡を取ること、地域社会がその人を孤立させず、グループの一員として迎え入れることも必要だ。
医療機器や医療技術の進化・発展によって、これまでは治らないとされてきた病気やケガが治るようになってきた。その反面、国民の多くは日常生活で悩みやストレスを感じ、心の健康を害している。"心の健康増進"が最も重要な自殺予防対策ではないだろうか。
一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士過程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。
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