胸がクレマンティーヌほど膨らみ......
20歳で早世したフランスの小説家レイモン・ラディゲ。彼が実体験をもとに17歳で発表した小説『肉体の悪魔』は、第一次世界大戦へと出征している兵士の妻と恋愛関係を結んでしまう16歳の高校生の話である。
小説の冒頭で、主人公は、戦争という異様な雰囲気が「僕」に大きな影響を及ぼしたと告白する。街から大人の男たちがいなくなってしまった環境が「僕」に早熟な体験をさせたのだと。
ラディゲは、もちろん早熟な少年であったわけだが、それは精神的なもので、医学の見地からいえば肉体的に特に早熟だというわけではない。
4カ月の赤ちゃんの胸がオレンジほどに膨らんで
医学的に異常な早熟は「思春期早発症」と呼ばれる。日本小児内分泌学会によると、女子は7歳6カ月以前に乳房が発育した場合。男子では、睾丸の発育が9歳未満に起きた場合だとある。
第2次性徴期の始まりは人種や地域によって異なり、アジア人や黒人は早い傾向にある。ヨーロッパ人の場合は女子9歳、男子10歳ともう少し遅めに定義されている。
仏・モンペリエ大学病院小児科の患者の一人は、小学1年生の女の子。だが、胸がクレマンティーヌ(小粒のミカン)ほどに膨らみ、恥毛も見られるという。最も若い患者は4カ月の赤ちゃんで、すでに胸がオレンジぐらいある。
このような「思春期早発症」は、通常は思春期になって作られる性ホルモンが幼少のうちに分泌されることで起こる。
ベルギーのリエージュ大学病院センターのブルギニョン教授によると、少女の「思春期早発症」はアジア、アフリカ、南米からの移民によく見られるという。
これらの地域では、蚊を媒介とする病気マラリアが頻発しているため、殺虫剤DDTが使われている。このDDTには発情物質が含まれ、ヒトの体内に入ると思春期の引き金を引いてしまうのだという。
モンペリエ病院の生後4カ月で胸が膨らんでしまった赤ちゃんの実家は農家で、赤ちゃんだけでなく両親の体内からも微量の農薬が見つかったという。
体内でホルモンのふりをする「環境ホルモン」
1950年代頃から、農薬などの毒性物質が野生の動植物を殺したり、繁殖をさまたげたりすることが問題になり始めた。その中には、生物のホルモンをかく乱する作用を持つものもあることがわかった。
生物の体内に入ると、まるでホルモンのようにふるまってさまざまなメカニズムに参加して、おかしな結果を引き起こすのだ。体内に備わったホルモンと区別して「環境ホルモン」と呼ばれる。
たとえば巻貝は、船底の防止塗料に用いられていた環境ホルモン有機スズ化合物(TBT、TPT)のかく乱作用によって、メスなのに輸精管やペニスを形成させた。また、川に溶けている「環境ホルモン」がメダカのオスの精巣に卵を作らせることもわかった。
殺虫剤DDTも環境ホルモンのひとつで、現在日本では使用が禁止されている。だが、マラリア多発地域で今も使われているのは、先ほど述べたとおりだ。
話をヒトの思春期に戻すと、世界的にみて、女の子の初潮が1~2年早まっているという。環境ホルモンの影響なのかどうかは、今のところ確定していない。
また、「思春期早発症」の患者は、乳がんや子宮がんにかかりやすいともいわれ、ホルモン分泌の乱れは体に重大な影響を及ぼす。
100年前にラディゲは「戦争が少年を早熟にする」と言ったが、今や人類は「環境ホルモン」によって肉体を早熟化させているのかもしれない。
(文=編集部)