特集終末期医療を考える 

医師と僧侶が協働して「スピリチュアルペイン」に取り組む「西本願寺医師の会」の試み

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西本願寺医師の会で講演する田畑正久医師

「日本の医療現場に仏教の視点を取り入れよう」――。浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市下京区)の呼びかけで、今年2月8日に「西本願寺医師の会」が発足された。

 僧侶や門徒である医師たちが中心となり、患者が直面する生死の苦悩、いわゆる「スピリチュアルペイン」に対応し、患者に寄り添うことが目的だ。会員は102人(2015年3月16日現在)。医療現場で仏教の役割が十分に生かされるように、僧侶が常駐する仏教ホスピスの先駆的な医療機関も誕生した。伝統仏教教団の新しい試みを、3回にわたって紹介する。

医療も仏教も同じテーマで人間を支えている

 大分県の佐藤第二病院で院長を務める田畑正久医師は、「西本願寺医師の会」発起人の一人だ。偶然、仏教に出逢い、その後の学びの中で「医師も患者に寄り添う対話が必要」と痛感したことから、20年以上にわたって地域の寺で月に1回のペースで「歎異抄に聞く会」を開き、市民への法話を続けている。

 田畑医師を仏教の浸透へと突き動かしたのは、仏教の本質を教えてくれた、ある先生との出会い、そして医療現場でぶつかった「医師としての限界」だった。そして、壁を乗り越えた時に、医師と僧侶との取り組みを終末期の医療現場で実現したいと願うようになった。医療の現場で尽力しながら、一方で仏教を学び伝え続けてきた田畑医師の人生そのものが、「西本願寺医師の会」発足へとつながっていった。

 田畑医師が初めて仏教の教えに触れたのは、九州大学の学生の頃。ボランティア活動に魅かれて全日本仏教青年会に入り、福岡教育大学で教鞭をとる理学博士の細川巌教授(1919〜1996年)の仏教研究会の法話に参加した時だった。最初は「なぜ科学者が仏教なのか?」という好奇心から参加したが、やがて眼から鱗の発見をした。

「細川先生は、私たちは生まれたままだと卵の中にいるような存在であり、その卵の殻を『理知分別の殻』と表現しました。私たちは殻の中で、周りからいい人と思われたい、損はしたくない、負けたくないなどの善悪、損得、勝ち負けに振り回されているうちに老病死を迎えてしまう。卵のままでいると、いつか腐ってしまいます。本来、卵は親鳥に温められ、殻を脱してひよこになる。そのことが大事です。殻を脱したひよこが、やがて親鳥になる。卵が親鳥に温められることを仏教では『教えを聴く』と言います」

 細川教授は、殻を破るためには「親鳥の温もり」で育てられることが必要で、それが「仏の智慧をいただくこと」だと説く。

「『殻を破るため』というのが衝撃的でした。『殻を破って出てみたい。どうしたらいいですか?』という私の問いに、先生は『卵からひよこになるのは、よき師・友から教えを聞き、学ぶことが大切である。それが仏教だ』と教えてくれたのです。『まず1年間継続して聞いてみませんか』という先生の勧めで始めてから、40数年間経ちました」

 仏教を学び続けた田畑医師ではあったが、外科医として一人前になった30代後半の頃も、まだ仏教と外科医の仕事は別々のものだと思っていたという。そんなある日、埼玉医科大学の秋月龍民教授の出会いから、仏教と医療は、生老病死の四苦に取り組んでいること、同じことを課題にしていることに気づかされる。「人間は生まれた時から、生きていく上で老病死の四苦に出遭う。医療も仏教も同じテーマで人間を支えているという教えに、深い感銘を覚えました」と田畑医師は話す。

医療現場での"敗北感"を仏教が救ってくれた

 その一方で、当時、国立中津病院に勤務していた田畑医師、医療従事者としての大きな壁に突き当たった。

「手術で救ったがん患者も数年後に別のがんに侵され、最終的に死につかまってしまう。医療の敗北だと思いました。がんを手術で治し、再発したがんをまた手術して取り除いた。その後、再発して、亡くなる三日前に『だまされた』と言われたりする。多くの人は老病死をなかなか受け入れられず、時には病院や医師のせいにすることもあるのです」

 医療関係者の中には「病院に入ったら病気が良くなる」と言う人もいる。だが、「良くならない状態をどう乗り越えていくかについて、ほとんど教えてくれない」と患者から訴えが出てくる。気まずい雰囲気のまま患者が亡くなってしまう、といったケースもあるだろう。このことを田畑医師は、次のように語る。

「仏教は与えられた場を精一杯生き切ることで、老病死を受容する文化を教えています。その結果、『今』『ここ』を精一杯生きて、あとは仏教さんに『おまかせ』という生き方もあるでしょう。『生きているうちはお医者さん、死んだらお坊さん』という偏見をなくして、医師と僧侶が一緒になって協力して、一人一人の患者の老病死による苦悩に取り組み、患者に寄り添うことが大事です」

 老病死が人間の本来の自然な姿である以上、同じ課題を医師と僧侶がチームを組んで協働することの重要性を、田畑医師は力説する。

「欧米では、キリスト教のチャップレン(聖職者)が患者を訪問します。日本でも同じように、僧侶が病室を訪れる仏教ホスピス、ビハーラ活動も実現可能な文化になるとよいのにと思われます」

 浄土真宗本願寺派では、仏教ホスピスのことを「ビハーラ」と称している。田畑医師は、1990年にまず院内で毎週仏教講座を開設。さらに2000年には、志のある医療関係者で「ビハーラ医師団」を結成。「医療関係者に働きかけ、医療の現場に仏教を取り入れたい」と発言を続けた。

「患者の生死の四苦に関わる心のケアのために、患者からの要望があれば僧侶が病院に派遣されるという地域でのネットワークができると良いと思います。『死んだらどうなるのだろうか?』、『生きてきた意味はあるのか?』など、宗教的な課題の疑問を持ち、不安な患者たちに対応できる宗教者が、医療の現場で活動できることが大事だからです」

 医療に長年携わった医師の、患者を救いたいという情熱と願いが「西本願寺医師の会」で実現へと向かっている。田畑医師の精神が色濃く反映しているのだ。
(取材・文=夏目かをる)

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