「2015年は、パーソナル・ゲノム・サービス元年だった」――。次世代の人たちは、今年を振り返り、そう追想するだろう。アメリカ西海岸から世界に向かって、DTC(Direct to Consumer=消費者向け)遺伝子検査サービスのビッグウエーブが音をけ立ててうねり始めたからだ。
2006年4月、Googleが出資し、カリフォルニア州マウンテンビューで産声を上げた遺伝子解析スタートアップ企業、23アンド・ミー。創業者のアン・ウォジツキCEO(最高経営責任者)は、Google共同創業者のセルゲイ・ブリン氏の賢妻として知られる気鋭の起業家だ。
23アンド・ミーは、数十万カ所のSNP(スニップ/一塩基多型)を解析し、利用者の体質、病気の罹りやすさ、薬物応答性など数百項目の評価データを提供するDTC遺伝子検査サービスを展開してきた。299ドルだった料金は、99ドルマでダウンし、利用者の裾野は広がった。
しかし、2013年11月22日、FDA(米国食品医薬品局)は、23アンド・ミーの「唾液採取キットおよびパーソナルゲノムサービス」の販売中止命令を発令、23アンド・ミーは、サービスを直ちにストップした。「唾液採取キットによる個人の形質や疾病罹患性の予測は、検査精度の信頼性に重大な問題があり、その不確実性が誤解やリスクを生みかねない」。FDAの判断は明解だった。
検査精度と病気の予測力を向上させることを求めた処分から1年余り。23アンド・ミーは、FDAと遺伝子解析の評価方式、検査サービスの分析的妥当性や臨床的妥当性を議論しつつ、粘り強く協議を重ね、腰を据えて交渉を続けた。
災いを転じて福となすという。2015年2月19日、西海岸から世界へ一大スクープが駆け抜ける。FDAが23アンド・ミーの「ブルーム症候群のキャリア検査」を承認したのだ。
ブルーム症候群はどのような疾患か?
日本人の患者数は数十人と推定されるブルーム症候群は、稀な劣性遺伝疾患だ。
劣性遺伝疾患とは何か? メンデルの法則をおさらいしよう。遺伝によって両親から子へ伝わる性質を形質という。たとえば、目の色が母は黒、父は青ならば、子の目の色は黒になる。母の遺伝子に「目の色が黒」と書き込まれ、父の遺伝子に「目の色が青」と書き込まれている。黒い目と青い目のように、対立している遺伝子(対立遺伝子)が遺伝するときは、どちらか強い方の形質が子に受け継がれる。形質が強く現れる遺伝を優性遺伝といい、形質が隠れて現れにくい遺伝を劣性遺伝という。まぶたなら、二重が優性遺伝、一重が劣性遺伝。優性遺伝も劣性遺伝も、親から子への形質の伝わりやすさの確率を示す遺伝子の表現型だ。
劣性遺伝疾患は、両親の変異した遺伝子が揃って初めて子に受け継がれる。つまり、両親双方が変異した遺伝子の保因者でなければ、子は発症しない。正確に言えば、変異がある劣性遺伝子を持つ両親から生まれる子は、25%の確率で発症する可能性がある。それが劣性遺伝疾患の仕組みだ。
劣性遺伝疾患を発症した場合は、両親双方が病気の保因者なので、発症率に男女差はない。両親と他の親族の中に同じ病状の人がいなくても、劣性遺伝疾患の子が生まれるケースがある。
劣性遺伝疾患であるブルーム症候群の患者は、小柄・低身長、日焼けしたような顔だちが特徴だ。免疫不全や造血不全のために、がんに罹りやすい。患者の30%は、20歳までに白血病や悪性リンパ腫などの悪性腫瘍の合併症のほか、糖尿病、肺炎、中耳炎などを発症しやすい。男女を問わず不妊率も高い。1954年に米国の皮膚科医、デビッド・ブルームが提唱したため、この名で呼ばれている。
「ブルーム症候群のキャリア検査」が承認されたのはなぜか?