個人遺伝情報は究極の個人情報だ shutterstock.com
世界各国の企業がビジネスチャンスとしてしのぎを削る「遺伝子検査」。前回は、DTC(消費者向け)遺伝子検査の3つの問題点のうち、検査の質が確保されているか?科学的根拠はあるか?の2点を考察した。今回は3点目の、情報提供の方法は適切か?を考察しよう。
DTC遺伝子検査は、利用者への情報開示の状況、個人情報・個人遺伝情報の取り扱いなどが明確でないケースも少なくない。個人の遺伝子情報は、就職や保険加入などの差別や不利な条件に流用される恐れもある。外部に漏れてはならない個人情報が、どこまで厳密に管理される確証はない。また、DTC遺伝子検査によって取得したデータの研究利用で、個人情報保護の権利やプライバシーは守れるのかも重要だ。
確かに利用者の遺伝子情報と身体状況などに関するデータを蓄積すると、特定の疾患の原因となる遺伝子が見つかる可能性があるので、治療薬や診断薬の開発につながればビッグビジネスになる。各社はDTC遺伝子検査を創薬のビジネスチャンスと捉えているからだ。
もちろん、各社のWebサイトには研究目的でのデータの利用が説明され、利用者はデータの利用を拒否する権利もある。しかし、患者に提供しない遺伝子情報が存在するのも事実だ。各社が10万か所以上の遺伝子変異を同時に調べるこができる解析法を用いている一方で、顧客にはあらかじめ決められた遺伝情報しか公開しないことがある。単一遺伝子疾患や、ある疾患に非常に強い関係をもつ遺伝子の変異が見つかっても公開しない場合があるのだ。
このような遺伝子情報に対する倫理観について、東京大学医科学研究所公共政策研究分野の武藤香織教授は、「各社は研究者がこれまで守ってきた倫理観を尊重してほしい」と話す。倫理観が損なわれる事態が発生すれば、遺伝子研究の進展が阻害されるのを研究者は最も懸念しているのだ。
サービスの価格は適正なのか?
また、サービスの利用価格は適正かという疑問点も残る。
利用者が得られるメリットを考慮すると、正当な価格はいくらなのか? 遺伝子型だけで分かる検査結果の経済的な付加価値はどれくらいなのか? その判断は個人の自由だが、利用者が納得できる価格設定かどうかは判然としない。
コスト負担の面では、個人の遺伝子情報の収集はこれまで公的研究費などで賄われ、その領域にDTC遺伝子検査が関わるのは、研究コストを利用者が負担することにつながるのではないか。
ただ、検査結果によっては、気になった疾患を早期発見したり、さらに詳細な検査や健診を受けたり、予防のための生活指導を受ける契機になるかもしれない。そのケースでも、医療上の遺伝子検査と違って、医師、認定遺伝カウンセラー、管理栄養士などによるサポートを適正に安全に確実に受けられるかどうかは未知数だ。
さらには、DTC遺伝子検査ビジネスは、国境のないグローバルなビジネスであることから、国内の指針やガイドラインだけでは、完全にコントロールできない。解析速度の速い第三世代、第四世代のシークエンサーが開発されれば、近い将来、誰もが自らの遺伝情報を容易に入手できる時代が来るかもしれない。個人情報の保護や倫理観がますます求められる。
また、DTC遺伝子検査の第1の目的が研究用データの取得であることを明確に告知したうえで、被験者から集めた寄付金に応じた検査サービスを提供すればという意見もある。このビジネスモデルなら、社会的にも倫理的にもコンセンサスが得やすいかもしれない。
このように、DTC遺伝子検査は数々の問題点や課題をはらむ。医療との連携が急務であることから、個人情報の保護や倫理面での対応を適切に行うためのガイドラインが、国や各機関から発表されている。
①個人遺伝情報保護ガイドライン(平成16年12月、経済産業省)
②遺伝子関連検査に関する日本版ベストプラクティスガイドライン(平成22年12月、日本臨床検査標準協議会=JCCLS)
③個人遺伝情報を取扱う企業が遵守すべき自主基準(平成20年3月、個人遺伝情報取扱協議会)
以上3回にわたり、DTC遺伝子検査の問題点は何か?と問いかけ、検査の質が確保されているか?科学的根拠はあるか?情報提供の方法は適切か? の3点の切り口で問題点にフォーカスした。
次回は、視点をやや変えて、DTC遺伝子検査のルーツともいえる「ヒトゲノム(全遺伝情報)計画」の真相に遡ってみよう。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
連載「遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?」バックナンバー