腰痛治療は特にこの十年で大きく変化した。それを反映したのが、2012年に発表された「腰痛診療ガイドライン2012」だ。このガイドラインは以前のガイドラインの改訂版ではなく、新規のガイドラインとして作られ、専門医以外の内科医、かかりつけ医にも腰痛治療を行えるように考えて書かれている。
特に大きなポイントとして、一番に挙げたいのが腰痛と心理社会的因子との関係だ。痛み全般に関して、傷などによる痛み、痛みを伝える神経の問題による痛み、そして心因性の痛みの3種類があることがわかっているので、腰痛においても、心因性の痛みは想定されていた。しかし、エビデンス、つまり統計学的に意味のある、効果に関するデータが出揃っていなかったため、腰痛に関して、心因性の痛みをどこまで考えるか、専門医の間でもばらつきがあった。「腰痛診療ガイドライン2012」の作成に当たっては、今までに報告された国内外の約200本の研究論文を整理、分析した結果、心因性腰痛に対する具体的な治療法が記載された。
以降、心因性腰痛も頭に置いたうえで、診察が行われるようになった。治療にあたっては、問診が重視される。日本の保険制度では問診に充分に時間を割けば割くほど病院の経営が難しくなるので、なかなか時間をじっくり割いてもらえる医療機関は少ないが、それでも若い医師による事前の聞き取りとベテラン医による問診を組み合わせるなど、工夫して、必要な聞き取りを行っている医療機関も多い。腰痛は骨などの器質的な問題の発見にも問診が重要。
どこの場所に問題があるか、あらかじめ予測してMRIなどの画像を撮らないと、漠然と撮影したのでは、問題個所を見つけられない。患者にいつ、どのように痛むか、どんなときに痛みが強まるかを聞き、必要な場合は、実際にさまざまな動きを患者にさせて、その動き方や痛み方などを見て、問題がどのあたりにあるかを絞り込む。そのうえで、技師に細かな指示を与えて撮影して、初めて問題個所が見つかる。また「腰痛診療ガイドライン2012」にも記載されたことだが、すべての腰痛を画像撮影する必要はない。たとえば筋肉を傷めた場合などは画像には映らないからだ。問診で画像に映らない問題と判断されたら、画像撮影はしない。放射線被ばくに対する意識も高まった現在、無意味な画像撮影はできるだけ避けるべきと考えられている。
そして問診では心因性の可能性も考えつつ、日常生活についても問われる。腰痛の多くは、日常生活の動作や姿勢などに発症の原因があるので、そこをしっかり聞き出さないと、たとえ治療しても、また腰痛を引き起こすことになる。そして、ストレスが痛みを強めているかどうか知るためには、家庭や仕事の問題などにまで踏み込む必要がある。広く原因を追究しながら、診断は行われる。
これだけの問診をするには、医師と患者の間に信頼関係が必要。従って、医師選びに際しては相性もよく検討しよう。
診断がついたら、次は治療だ。もちろん治療も昔とは変わってきた。次回はストレスが痛みを強めている場合の最新の腰痛治療に迫る。
森田慶子
森田慶子(もりた・けいこ)
経験20年の医療ライター。専門医に取材し、その分野を専門外とする一般医向けに発信する医師向けの医学情報を中心に執筆。患者向けの疾病解説の冊子や、一般人向けの健康記事も数多く手がける。これまでに数百人を超える医師、看護師などの医療従事者から、最新の医学情報、医療現場の生の声を聞いてきた。特に、腰痛をはじめとする関節のトラブル、糖尿病、高血圧などの生活習慣病、うつ病や認知症などの精神疾患、睡眠障害に関する記事を多く手がけてきた。