連載第7回 遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?

米大統領が「20世紀科学の最高の発見」と絶賛したヒトゲノム解析の偉業

この記事のキーワード : 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
shutterstock_9269770-2.jpg

2003年に完了したヒトゲノムの解析は、「20世紀科学の最高の発見」とクリントン大統領(当時)も大絶賛 p|s / Shutterstock.com

 20世紀は「科学の世紀」だった。宇宙へ、深海へ、地球内部へ。産業へ、医療へ、生活へ。人類は新たなフロンティアを求めてチャレンジしてきた。高度な科学技術のイノベーションは、生命科学やバイオテクノロジーの急速な進化を促し、人類はついに「生命の設計図」を手にした。

 遺伝子を利活用するバイオテクノロジーが長足の進歩を遂げる契機になったのは、「ヒトゲノム(全遺伝情報)計画」の成功だ。

 ヒト染色体の遺伝情報やDNA配列をすべて解読するという、ひと昔なら絵空事のような稀有壮大なプランは、1990年にスタート。約30億ドル(約2347億円)もの巨費と13年の歳月を投入し、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによるDNA二重らせん構造の発見から50周年となる2003年に完了した。医学や創薬分野において大きな貢献を果たし、その経済効果は7960億ドル(約62兆円)と試算されている。

 オックスフォード英語辞典によると、ゲノム(Genom)はGene(遺伝子)とChromosome(染色体)の合成語で、1920年にドイツの植物学者のハンス・ウィンクラーが発案した。

 ヒトゲノム解読を発表する際、当時のビル・クリントン大統領は、国際研究グループと米ベンチャー企業のセレーラ・ジェノミクス社が10年越しの研究で達成した大成果に触れ、「20世紀の科学進歩の中で最高の発見だ」と惜しみない賛辞を贈った。それほどまで「ヒトゲノム計画」が人類史上類まれな偉業と高く評価され、リスペクトされるのはなぜか?

GWAS(ゲノムワイド関連解析)という新たなムーブメント

 ヒトゲノムの解読は、ヒト1人当たりの遺伝子に含まれる23対の染色体を構成する31億塩基対もの配列を解析しなければならなかったが、「ヒトゲノム計画」では、ヒトの全遺伝子の99%の配列が99.99%の正確さで解析された。その膨大なビッグデータの処理を克服できたのは、DNAチップや次世代シークエンサーなどの先進の解析テクノロジーのたまものだ。

 さらに、ヒトゲノムの解読は、がん、心臓病、糖尿病などの様々な疾病と遺伝子との関係を分析する新たな道を切り拓き、おびただしい難病の治療や予防に貢献するポテンシャリティと希望を人類にもたらした。

 しかし、ポストゲノム時代を迎えて、単一あるいは複数の遺伝子の異常だけで説明できる疾患(一因子疾患)はほんの一握りに過ぎず、ほとんどの疾患が多くの遺伝子に少しずつ影響を受けて発症したり、遺伝子が正常でも、その発現を調節するエピジェネティック(後天的)な制御の異常によって発症する疾患(多因子疾患)が多いことが分かってきた。

 一因子疾患とは、鎌型赤血球貧血症、血友病、フェニルケトン尿症、伴性ガンマグロブリン血症、色素性乾皮症、ハンチントン病などだ。

 1980年代には、病気、特にメンデル遺伝性疾患の原因遺伝子を探索するポジショナル・クローニングという手法が多く活用された。しかし、ポジショナル・クローニングは、高血圧、糖尿病、心血管病のような多因子疾患を解明できないことが分かってきた。

 このような経緯から、特定遺伝子または狭い染色体領域に注目した候補遺伝子の解析だけでなく、ヒトゲノムを巨視的に俯瞰する新たなムーブメントが起きる。それが、2007年に本格的に始動したGWAS(Genome-Wide Association Study =ゲノムワイド関連解析)だ。

 次回は、GWASがどのような手法なのかを見てみよう。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
連載「遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?」バックナンバー

まさか20〜30代で「更年期障害」の症状が! まずは卵巣機能低下や自律神経失調症を疑え 
インタビュー「若年性更年期障害」第1回 ポートサイド女性総合クリニック「ビバリータ」院長・清水なほみ医師

更年期障害といえば40代後半から50代の病気と思われがちだが、20〜30代で同様の症状が現れる患者も増えている。その症状と原因、治療、予防について、ポートサイド女性総合クリニック「ビバリータ」院長・清水なほみ医師に訊いた。