連載「いつかは自分も……他人事ではない“男の介護”」第2回

介護の担い手、70年代の『恍惚の人』では長男の嫁、 現代は夫や息子に

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認知症の舅を介護する姿を描いた映画『恍惚の人』

 日本で初めて全国規模での介護調査「寝たきり老人実態調査」が行われたのは、1968(昭和43)年のことだ。公害や都市問題など高度経済成長の矛盾が吹き出し、家族の内部に深く沈殿していた育児や介護の問題がようやく社会化しつつあった時期だ。

 調査によると、寝たきりなどの被介護者はおよそ20万人と推測され、介護者は子どもの配偶者(ほぼ全てが嫁)が全体の49,8%を占めていた。次いで配偶者(ほぼ妻)が25,1%、娘が14,5%。介護者のうち、女性の占める割合は9割近かった。

 2010年に亡くなった高峰秀子さんは、女優、そしてエッセイストとして活躍され、映画ファン以外にも愛され、尊敬された稀有な存在だった。代表作ともいえる映画『恍惚の人』(1973年)では、認知症の舅をかいがいしく介護する嫁を演じた。前年に194万部のベストセラーになった有吉佐和子さんの小説が原作だ。
 
 高峰さんの没後に復刊された対談集『いっぴきの虫』のなかで、有吉さんとの対談が掲載されていた。そこでの有吉さんの発言に私は戸惑った。有吉さん曰く、老人問題の元凶は流行の核家族化だと。祖父母に子ども、孫の3世代が共に暮らすことが老化を防ぐ一番いい方法だとも言っている。
 
 時代の制約なのか、「介護の社会化」を世に問うた作品を発表した才女でも、大家族幻想を払拭できなかったのだ。当時、そしてその後も同じような主張をし続けた福祉関係の研究者も少なくなかった。

 映画では、認知症になった舅(森繁久彌)が、元気な時には優しい言葉の一つもかけることはなかったのに「昭子さん、昭子さん」と嫁の後を執拗に追う。実の息子や娘の顔は忘れている。共働きのかたわら、舅の徘徊や異食、排泄に振り回され、さらに家事をこなさなければならず疲弊する昭子。夫に訴えても「君しか覚えていないんだから仕方ないだろう」といなされ、「だって、あなたの親でしょ!」の言葉に背を向けられる。核家族化が進む昭和時代、嫁たちの異議申し立てを見事に映像化した作品だった。

平成の介護は男性も!

 

 映画『恍惚の人』から40年以上が過ぎ、「だって、あなたの親でしょ!」と迫る妻の声に平然と背を向けられる夫はいなくなった。十分とはいえないものの、働く女性、社会参加する女性の比率は格段と上がった。有吉さんの期待に反して核家族化はさらに進み、いまや要介護でも一人暮らしをしている人は、被介護者全体の3割近くにのぼる。

 介護者も激変した。半数を占めていた子どもの配偶者(嫁)は16,6%にまで減少。新たな担い手になったのが、夫や息子たちだ。

 しかし、制度がついていっていない。現代の介護政策は、嫁や専業主婦など若くて体力があり家事・介護のスキルに富み、時間も存分にあるという"従来の"介護モデルを想定している。現実には、自らの体調にも不安を抱え、慣れない家事や介護に戸惑い、仕事か介護かの二者択一を迫られる「高齢・男性・シングル」が増えているのだ。

 私も代表理事のひとりを務める一般社団法人日本ケアラー連盟は、「介護者支援法」を提起した。老老介護に認認介護、介護うつ、介護殺人、介護離職......、介護にまつわるさまざまな問題が表面化しているいま、「同居家族がいるから介護は万全」とはいい切れない現実がある。介護する人にも社会的支援が必要なことは誰の目にも明らかであろう。

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津止正敏(つどめ・まさとし)

立命館大学産業社会学部教授。1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学大学院社会学研究科修士課程修了。京都市社会福祉協議会に20年勤務(地域副支部長・ボランティア情報センター歴任)後、2001年より現職。専門は地域福祉論。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」事務局長。著書『ケアメンを生きる--男性介護者100万人へのエール--』、主編著『男性介護者白書--家族介護者支援への提言--』『ボランティアの臨床社会学--あいまいさに潜む「未来」--』などがある。

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