除菌で腸内細菌がダメージ、食道がんのリスクも
「抗生物質でピロリ菌を除去するときに、腸内のビフィズス菌や乳酸菌も相当なダメージを受けます。なかには完全に除去されてしまう種類の菌もあるでしょう。ですから、子どもの時にピロリ菌を除去しようとして抗生剤を飲ませると腸内細菌ダメージによるデメリットがメリットを上回る可能性があります」
実はピロリ菌除去には、もうひとつ食道がんというリスクにも関係するという。その理由は次のような仕組みだ。
「ピロリ菌を除去すると胃酸の分泌が活発になり、食欲が増して太りやすくなる傾向があります。感染者の場合、除菌前は胃酸が少なく消化能力が弱いので痩せている傾向がありますが、除菌前から太っていて糖尿病があるような人は、糖尿病悪化のデメリットがメリットを上回る恐れがあります。また、胃酸の分泌が活発になると、逆流性食道炎を起こしやすいのです。さらに、除菌前から逆流性食道炎の症状に悩む人は要注意です。症状が悪化する可能性があります。
逆流性食道炎が慢性化すると、食道の粘膜の表面にある扁平上皮という組織が変性し、胃の粘膜に似た組織に置き換えられる“バレット食道”という状態になってしまいます。これは胃の内容物の逆流が繰り返されることで起こると考えられており、食道がんと深くかかわっているとされています。ただし、ピロリ菌除去による胃がんの死亡者の減少が、食道がんの死亡者の増加をはるかに上回ると予想されるため、それを理由に除菌をしないという選択にはならないのです」
ピロリ菌は胃がんの原因と考えられているが、除去すれば大腸がんや食道がんのリスクを高める場合もある。すべてメリットとデメリット、リスクの大きさを判断しなければならないということになる。
ピロリ菌除菌で年間3.3万人の胃がん死を予防できる
「ピロリ菌がいると10年で約3%、一生で約10%の人が胃がんになるといわれます。しかし、除菌をするとそのリスクはほぼ3分の1になります。現在、日本では胃がんの死亡者は年間約5万人ですが、すべてのピロリ菌陽性者がピロリ菌を除菌すると年間3.3万人の胃がん死を予防する計算になります。このことを考慮すると、わたしは大人のピロリ菌は除去すべきと考えます」
しかし、子どもの場合は、少し状況が違うという。
「子どもは大人と違い免疫システムが完成していないため、せっかく除菌しても再感染の恐れがあります。また、ピロリ菌を除去する抗生物質が、同時に腸内細菌、特に乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌を殺してしまうと、免疫システムに悪影響を及ぼしてアレルギーや自己免疫疾患、慢性腸炎などを起こす可能性があります。また将来、大腸がんのリスクも高めるかもしれません」
子どもは別としても、大人ではピロリ菌除菌をしないという選択肢はないのだろうか。
「ピロリ菌を除菌したくないという人もいるでしょうし、一度除菌に失敗して、もうやりたくないという人もいるでしょう。ピロリ菌を除去しなくても、もともと9割の人は胃がんになりませんし、除菌してもまったくゼロにはならないので、除菌せずに毎年、胃カメラの検査を受けるという選択肢もあります。早期に発見すれば、胃がんの治癒率は非常に高いですから」
このように、後藤医師はピロリ菌を除去しない選択肢も否定はしない。結局、ピロリ菌の除菌のメリットと大腸がんや食道がんのリスク増というデメリットの大きさを冷静に判断しなければならないということになる。単純にピロリ菌の除菌が正しいか正しくないかという単純化した議論では何も解決はしない。
(文=編集部)