患者を診察せずに処方箋を発行は本当に罪!? 形骸化した明治の「遺物」か?

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医師と薬剤師の患者をめぐる争奪戦から生まれた法律

 では、この法律は一体誰のためになぜ制定されたのか。そして、なぜ今でも残り続けるのか。

 もちろん、医師は患者を直接診療した方がより多くの情報を得ることができる。会話の中で相手に与える影響のうち、表情やしぐさなどの非言語情報は9割を占めると言われている。そのため、対面診療の必要性も十分に理解ができる。だが、これだけのために法律で明記したとは考えられない。法律が制定された当時の社会的な背景を読み解く必要がある。

 この法律は、1906年から施工された旧医師法においても規定されている。旧医師法の制定に向けて力を発揮した人々は、ほかならぬ医師である。特に、日本医師会の全組織、大日本医師会はこの法律の制定のために発足したといっても過言ではない。日医創立記念詩には、医師会発足の大きなきっかけは、「薬剤師が医薬分業を求めて1893年から全国組織を結成し運動を始めたこと」と明記されている。医薬分業とは、日本薬剤師会の定義によると「薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師、薬剤師という専門家が分担して行うこと」である。その目的は専門家が協力し合い、患者にとって最適なサービスを提供すること、とされているが、これは単なる建前であり実体は医師と薬剤師の患者をめぐる争奪戦だろう。

 医師と薬剤師の資格が明記されたのは、1874年に制定された「医制」である。当時は、両者の線引きが非常に曖昧だった。医師も調剤行為を行い、一方の薬剤師も伝統的な治療法を患者に提供していた。当時の医師は診察料よりも薬剤料を頼りに生計を立てていたと言われている。そこで医薬分業が進むと、医師は薬剤料を徴収できなくなる。もし仮に、医師以外の者が処方を行うような事態になれば、医師の立場や生活が危うくなる可能性がある。そこで、診察だけは医師の特権として守るために、医師法に規定したのではないだろうか。

対面診療の原則は状況により柔軟な対応が必要

 今回のオンライン診療に関する規制緩和は大きな変化である。だが、あくまで「二次医療圏の医師が診察する」という条件を設けたのは、地元の医師たちの利権を守るためだろう。なぜ秋田の患者を東京の医師が診ることがダメなのか。明確な答えは提示されていない。そもそも医師不足が起きているからこそ、限定的にでもオンライン診療を解禁したにも関わらず、患者を囲い込むことでその地域の医師にさらなる負担を強いることになるのではないだろうか。その代償を受けるのはただでさえ過酷な労働を強いられている若手医師なのは目に見えている。

 さらに、こうしたルールを全国で一律に議論することにも違和感を覚える。同じ医師不足地域といっても、地域によって現状は大きく異なり医療のニーズも千差万別だ。10万人あたりの医師数が最も少ない埼玉県と同じく医師数も少ないが高齢化率が最も進んだ秋田県の医療を同じ土俵で検討するのは無理があるだろう。むろん、県内でも現状は大きく異なる。   

 例えば、上小阿仁村では地元密着の看護師に対して村民たちが絶大な信頼を置いている。村民の一人は言う。「この村の診療所のお医者さんはころころ変わるけど、看護師さんはもう30年近く働いてくれているのだよ。ずっと村にいてくれるのはありがたいよ。」だからこそ、村の診療所が閉鎖しても3日間で合計46人もの村民が診療所に来たのだろう。このような地域であれば、慢性疾患に対する定期処方薬は看護師が処方するのでもいいのではないだろうか。

「対面診療の原則」という非常に形骸化した法律を根拠に、明治から続く医師の利権が守られていく現状は、世も末だ。医療のプロフェッショナルとして「患者ファースト」の視点を取り戻す必要がある。
(文=宮地貴士、秋田大学医学部医学科5年)

医療バナンス学会発行「MRIC」2019年9月12日より転載(http://medg.jp/mt/)

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