高齢者の糖尿病に介入してももはや手遅れ!?
また、生活習慣病の中でも糖尿病を例に挙げると、2006年に『Lancet Neurology』に発表されたシステマティックレビューにおいても65歳未満での糖尿病は認知症のリスクになると言われている*3。
高血圧、糖尿病などの生活習慣病は、長期間続くことで認知機能に影響を及ぼすと言われている。このため、これらの改善は中年期に行っておくことが認知症予防に効果的だ。
一方で、高齢になってからの糖尿病が認知症に与える影響はそれより小さい。
スウェーデンの双子データベースを用いた研究によると、65歳未満に糖尿病を発症した人では認知症リスクが約2倍になっていたが、 65歳以降に糖尿病を発症した人は、そうでない人に比べて認知症リスクに統計的な差がなかった*4。
現在すでに65歳を超えている団塊の世代では、もはや介入しても間に合わない可能性すらある。
大綱は利権争いと競争の歪み、天下り先の量産しか生み出さない
今回発表された大綱は当初「認知症患者の6%の減少」と数値目標までついていた。この数値は、5月16日似開催された「認知症施策推進のための有識者会議」で示された数値が根拠となっている。
まず、10年間で認知症の発症年齢を1歳遅らせることを目標としている。すると、10年間で有病率が1割低下する計算となるため、6年間で6%の減少、という目算となる。
しかし、上述のとおり認知症の予防方法が分かってもいない現在、認知症の発症年齢をどのように遅らせることができるのか不明だ。このように予防方法が確立していない中であえて認知症の予防を政府が掲げることで生まれる懸念が2つある。
1つ目は、政府の後押しによってできる利権と競争の歪みである。
例えば、「認知症施策推進のための有識者会議」資料によると、認知症予防は、住民サービスへの参加率向上、認知症予防に関するエビデンス収集の推進、民間サービスの評価・認証の検討、などが案として上がっている。
民間サービスの評価・認証という単語で思い出すのは厚生労働省所管の独立行政法人である医薬基盤・健康・栄養研究所が審査を行う特定保健用食品(トクホ)だ。
トクホ認証を受けていると健康に良いような印象を与えるが、トクホ認証の人工甘味料入りの飲料は、たとえカロリーゼロであっても健康には良くない。
当初は健康に良い食品を分かりやすくするなどの目的でできた制度も、認証が形骸化すると消費者への利益はない。残るのは、各省庁所管の独立行政法人、つまり天下り先だけだ。
認知症予防サービスも、エビデンスが曖昧なだけに、このような歪な査定が行われる可能性が高い。
例えば認知症テストの点数が上がるゲームソフトが認証を受けたとしても、そのゲームをした高齢者が運動不足から寝たきりになるのでは誰も救われない。
むしろ現在のように予防方法が確立していない状態では、多くのプレイヤーが様々な試みを行い、うまくいったものを広めるのが理想的だ。
例えば製薬会社のエーザイは、他の製薬企業が撤退するなか、社運を懸けて新認知症薬の開発を行っている。
たとえ新薬の開発に成功したとしても認知症への効果や副作用の検証、費用対効果など専門家からの厳しい評価にさらされ、さらには特許切れ、他の新薬の出現など様々なリスクがある。新薬の成功のためには、フェアだが激しい競争に生き残らなければならない。
また様々な地域でNPOや福祉事業者などが認知症予防を目的としたサービスを行っている。運動、認知機能トレーニング、食事、社会サービスなど、様々な側面からの介入があるが、現時点では認知症の予防効果がはっきりと証明されているものはない。
これら単体のサービスの有効性もそうだが、個人に最適な組み合わせの評価など、効果の検証の道は長い。
政府の役割は、フェアな競争の維持、効果の検証と公開であって、どのようなサービスが広まるかは競争に任せるのが適切だ。