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年を重ねれば誰でも物忘れは激しくなる。昨夜、何を食べたか思い出せない。名前や顔を忘れる。しかし、脳に磁気刺激を与えれば電光石火、年齢によって衰えた記憶力がたちまち蘇るかもしれない……。そんな希望をもたらす研究成果が発表された。
米ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部神経学のJoel Voss氏らの研究グループは、「脳に磁気刺激を5日間与え続けた高齢者の記憶力が若年の対照群と同程度にまで改善した」とする研究成果を「Neurology」4月17日オンライン版に発表した。
Voss氏は経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation;TMS)によって、加齢に伴い萎縮する海馬を中心とした記憶に関わる領域を活性化できると推定し、研究を重ねてきた。FDA(米食品医薬品局)は、すでにうつ病の治療法としてTMSを承認している。
5日間の磁気刺激で高齢者群の記憶力が向上
今回の研究対象は、年齢相応の記憶力の低下がみられる64~80歳の男女15人。参加者は、頭部に8の字型の磁気コイルを装着し、機能的MRI(fMRI)を用いて海馬などの特定の脳領域に磁気刺激を与えた。磁気刺激は1回当たり30分を5日間連続して行った。海馬は脳の奥深い場所にあるため磁場が届きにくい。そのため左耳の後ろ側の少し上に位置し、海馬と密接に結びついている頭頂葉を標的とした。
対象者の脳にTMSによる刺激を与えた後、磁気刺激による持続的な影響を調べるため、休息日を経て検査。その結果、記憶課題の正答率は、研究開始前は平均年齢25歳の若い対照群の55%に対して高齢者群は約40%と低かったが、TMSによる刺激後は高齢者群でも対照群に匹敵する正答率が得られたのだ。
Voss氏は「与えた刺激に応じて、海馬の神経ネットワークは活性化される。海馬の神経活動が刺激を受けると記憶を形成する機能が向上する」と説明する。
また、高齢者群では物事を思い出す能力も31%改善し、記憶テストの正答数は、刺激前の84問中33問から刺激後には43問へと増加した。ただ、1週間後のフォローアップ検査時には記憶力の改善効果は消失していた。
Voss氏は「より長時間の刺激を与えたり、刺激を変えたりすれば、効果の持続期間を延ばせるのではないか」と述べている。
電極を備えた特殊な脳波(EEG)キャップによって高齢者の作業記憶(ワーキングメモリー)が向上したとする「Nature Neuroscience」の研究近発表もある。
米アルツハイマー病協会のRebecca Edelmayer氏は「TMSは脳を刺激する非侵襲的な方法の一つだ。薬物療法以外の方法で脳の神経伝達を促せば、神経変性疾患の治療を前進させるかもしれない」と指摘している。
ニューロネティクス社のrTMSが難治性うつ病の初の保険適用に
今回の研究で使われた経頭蓋磁気刺激法(TMS)とは、そもそもどんな治療法なのか?
日本精神神経学会の「新医療機器使用要件等基準」によれば、TMSは「コイルに流れる電流による変動磁場を用いて大脳皮質に渦電流を誘導し、ニューロンを刺激することによって低侵襲的に大脳皮質の活動を変化させる技術」と定義している。TMSを反復して行う治療法を反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)と呼ぶ
脳に磁気刺激を与えて本当に大丈夫なのか。もちろん副作用もあるという。
頻度の高い副作用は、頭皮痛・刺激痛(30%)、顔面の不快感(30%)、頸部痛・肩こり(10%)、頭痛(10%)。重篤な副作用は、痙攣発作(0.1%未満)、失神(頻度不明)。
頻度の低い副作用は、聴力の低下、耳鳴りの増悪、めまいの増悪、急性の精神症状、認知機能の変化、局所熱傷などだ。
2008年にFDAは、ニューロネティクス社が開発し約6万人の治療実績があるrTMSを、うつ病の治療機器として初承認している。
2017年9月には厚生労働省が、既存の抗うつ薬の薬物療法に反応しない成人(18 歳以上)のうつ病の治療装置(高度管理医療機器)としてrTMSを薬事承認。今年6月に帝人ファーマが販売するニューロネティクス社のrTMSが、難治性うつ病の初の保険適用になった。
保険の対象となったrTMSは、頭部に当てた磁気コイルから「左背外側前頭前野」に磁気刺激を与え、神経伝達物質の放出を促し、脳内を活性化させる。
約40分間の治療を週5回、計20~30回行えば、うつ症状を軽減・消失させる効果が期待できるという。ただし、保険適用は、6週間、計30回まで。1回当たり1万2000円(自己負担3割なら3600円)。
rTMSの保険適用を契機に、認知症改善のための治療としての可能性にも注目したいところだ。(文=編集部)
参考:公益社団法人 日本精神神経学会「新医療機器使用要件等基準」