DNA鑑定できないの3つの問題点
死因の謎が解けない理由は明らかだ。問題点が3点ある。
第1点。ショパン本人の心臓かどうかを確認する医学的根拠が乏しい。ショパンの心臓は、遺言に従い、葬儀の直前に摘出後、姉のルドヴィカがフランスからポーランドに持ち帰り、心臓以外の亡骸はパリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。
以来、心臓は、ワルシャワ・クラコフスキ区にある聖十字架協会のエピタフ(レオナルド・マルコーニ作の墓碑銘)の下の柱に、コニャック漬けのまま収納されたとされる。第二次世界大戦の惨禍を逃れるために持ち出された時以外は、聖十字架教会で眠っているものの、ショパンの心臓である医学的な確証はない(「News24 “Home is where the heart'll stay”」2008年7月26日)。
第2点。ポーランド政府の「事なかれ主義」がDNA鑑定による解明を阻んでいる。2008年に研究者らが、嚢胞性線維症の兆候を示すCFTR遺伝子を調べるために心臓のDNA鑑定をポーランド政府申請した(「AFPNews」2008年7月26日 )。ところが、ポーランド政府の文化省は、DNA鑑定によって心臓に致命的な損傷が及ぶリスクを懸念したため、申請を却下。解明の道は固く閉ざされている。
第3点。遺体から摘出されコニャック漬けされておよそ170年。鑑定が行われても、経年変化の質的劣化によって鑑定精度が著しく低下する恐れがある。たとえば、保存環境、異物や雑菌の混入による汚染(コンタミネーション)によって、鑑定精度が阻害されれば、嚢胞性線維症の兆候を示すCFTR遺伝子の精確な判定は困難になるに違いない。
ショパンの死因は肺結核か? 嚢胞性線維症か? 真偽は、コニャック漬けの心臓に問い質すほかない。
クラコフスキ区の聖十字架協会でコニャック漬けにされた心臓――。エピタフに「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」(『マタイによる福音書6:21』)が刻印されている。
(文=佐藤博)
●参考
▶︎小児慢性特定疾病情報センター
▶︎難病情報センター
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。