シリーズ「DNA鑑定秘話」第36回

9.11テロから15年、3000人以上の犠牲者のDNAによる身元確認は進んでいるのか?

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9.11多発同時テロで確認された死亡者は3025人(画像はWikipediaより)

 2001年9月11日――。いつもと変わらないニューヨークの朝。ビジネスマンや市民がストリートを足早に歩いていた。午前8時46分、アメリカン航空11便は世界貿易センター北棟(110階建て)に時速750kmで突入し、爆発炎上。その直後、ユナイテッド航空175便も南棟(109階建て)に突入し、爆発炎上。南棟に続き、北棟も大音響とともに崩壊。その直後、アメリカン航空77便はペンタゴン(国防総省本庁舎)に激突炎上、ユナイテッド航空93便はペンシルベニア州シャンクスヴィルに墜落炎上したとされる。

 突如として起きた米国同時多発テロ事件。航空機4機のハイジャックによる史上最大最悪のテロ事件は、米国だけでなく世界中に計り知れない衝撃と悲嘆をもたらした。その余波は、米軍によるアフガニスタンとイラクへの報復戦争に飛び火し、夥しい人たちが悲惨な犠牲を強いられた。

 報道によれば、確認された死亡者は3025人(ハイジャック機の乗員・乗客246人、国防総省125人、世界貿易センタービル2602人など)。死亡者数に明らかな誤差があり、今なお多数の犠牲者の身元が不明。現在もおよそ2万グループに及ぶ遺体断片の確認作業が続けられている。だが、米政府は、死亡者数の誤認や身元確認の遅滞の理由を公式には明示していないため、正確な犠牲者数を把握できない。

 たとえば、世界貿易センタービルの死亡者数には、ニューヨーク市消防局の消防士343人、ニューヨーク市警察本部の警察官23人、ニューヨーク港湾管理委員会の職員37人が含まれている。だが、粉々に破壊され、散乱したビルの残骸を現場検証したものの、およそ1100人もの遺体は発見されていない。

 また、近隣のビルの屋上で発見された遺体の断片も多数ある。ペンタゴンとペンシルバニアの事件現場でも消息不明者がいる。このような過酷な状況で、法医学的な身元確認が適正に行われたのだろうか? 犠牲者の遺体のDNA鑑定は、どのように進められたのだろうか?

個人を特定するDNAが失われた遺体のDNA鑑定は可能か?

 テロ事件直後、米政府は、捜査当局とは別に法医学者やDNA研究者を集めた法科学特別委員会を立ち上げた。そのリーダーシップを揮ったのは、ヒトゲノム計画の総責任者だったフランシス・コリンズ博士だ。コリンズ博士らは、最新のDNA鑑定法とIT技術を駆使し、遺体の確認作業に専念、多くの犠牲者の身元確認を行った。コリンズ博士らが援用したDNA鑑定法は、STRとSNPによるDNAの解析だ。

 STR(short tandem repeat/マイクロサテライトマーカー)は、個人のDNA配列の繰り返しの回数(型)の違いをいくつかのマーカーで分析し、個人を特定する鑑定法。SNP(single nucleotide polymorphism/一塩基多型)は、1000万個以上あるDNAの多型を判定し、個人を特定する鑑定法だ。STRの欠点は、ある程度の長いDNAがなければ判定が難しい点。だが、SNPならDNAが短く分断されていても多型を判定でき、しかも解析の自動化によって多数のSNPの多型をスピーディに判断できる利点がある。 

 テロ事件では、強烈な衝撃とジェット燃料による高い燃焼温度によって、遺体の損傷が激しく進んでいたため、発見された犠牲者のDNAは短く寸断され、しかも劣化していた。したがって、コリンズ博士らは、主としてSNPによるDNA鑑定を行ったと推定される。身元確認では、遺体にわずかに残された歯(エナメル質)、骨、爪、毛髪、皮膚などの残痕からDNAを採取し、個人を特定するSNPによるDNA鑑定の先進技術が活かされたのだ。

 現在では、250万個のSNPの多型を一度に決定したり、数百人のサンプルを短期間で精確に分析するタイピング技術が確立している。この技術革新に伴い、人種別のSNPの発現頻度などのデータも蓄積されている。また、理化学研究所によれば、30万人の血液からDNAを抽出し、50万〜60万個のSNPを正確に判定できるため、多数の遺体のDNA鑑定に役立つ。SNPは東日本大震災の身元確認でも貢献した。

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