薬を投与する「時間」で効果が変わる(depositphotos.com)
時を刻む「時計遺伝子」が約24時間周期のリズムを生み出し、体内時計のしくみが働くことで、我々の体はさまざまな調節を自動的に行っている。
体内時計の乱れは、さまざまな病気や不調を引き起こす原因となる。反対に、体内時計のリズムを正しく維持することで病気を未然に防いだり、改善したりすることも可能と考えられている。
それを医学的に研究し、治療に応用することを目的した「時間医学」に今、注目が集まっている。長年、この分野の研究と治療への応用に取り組んできた、大塚邦明医師(東京女子医大名誉教授)に訊いた。
夜中に「抗がん剤」を投与してがん細胞を狙い撃ち
「たとえば、がん細胞は正常な細胞とは増殖・分裂のリズムが異なります。正常細胞の分裂・増殖は体内時計に基づき、朝から昼に向かって活発化し、夕方から夜にかけて低下し、真夜中に沈静化します」
「一方、がん細胞の増殖・分裂リズムは一定ではないものの、寝ているときに活発になり、昼間は低下することが多い傾向があります。この時間のズレを利用して、例えば、夜中に抗がん剤を投与することでがん細胞を狙い撃ちし、効率よく治療するといったことが可能になります」(大塚医師)
63名の卵巣がん患者に対して同じ抗がん剤を、時間を考慮しない通常の方法で投与した場合と、投与時間を工夫した時間治療を行った場合とで、効果を比較した調査がある。
その結果、投与時間を考慮しない場合は5年生存率が0%だったのに対して、時間を考慮した治療では最大78%と大きく明暗が分かれた。この報告は、医学界に衝撃をもたらした。
現在では「体内時計の乱れが発がんの重要な原因の一つ」であるとも考えられている。以前から、夜勤やシフトワークのある人、国際線のパイロットや客室乗務員には、がんが多いという報告があった。それには、体内時計の乱れや時計遺伝子の異常が関与していることが近年、明らかになってきた。
「私たちの体は40兆個や60兆個とも言われる細胞から成り立ちます。その細胞1つ1つは、紫外線をはじめ、さまざまな要因によってダメージを受け、1日に約50万回も遺伝子が壊れています。それが放置されると、がん化するわけですが、体には遺伝子の異常を見つけて修復する働きが備わっています」
そして、「時計遺伝子」の働きについて、以下のように解説する。
「細胞内にある『時計遺伝子』は、正常な細胞分裂のタイミングをはかりつつ、遺伝子の異常がないかどうかをチェックしたり、異常を発見したら修復の指示を出したりといった監視役をしていると考えられています。さらに、この監視機能を逃れて、がん細胞の芽が出てきた場合、今度は免疫細胞がそれを排除します」
「免疫細胞の働きは『体内時計』の支配下で、夜、深い眠りについているときに最も高まるようになっています。ですから、体内時計をきちんと整えることが、がん予防のいちばんの基本だといえるでしょう」(大塚医師)