「時差ぼけ」の原因になる「時計遺伝子」と「体内時計」とは?(depositphotos.com)
2017年のノーベル生理学・医学賞は「時計遺伝子」とそのメカニズムを発見した米ブランダイス大学のホール博士、ロスバシュ博士、ロックフェラー大学のヤング博士の3氏に授与された。
時計遺伝子とは、生物の体に備わる「体内時計」のしくみを生み出している遺伝子のこと。時計遺伝子に関する研究を医学的に応用する「時間医学」は、近年、大いに注目されている。最近では「時計遺伝子に着目した」という触れ込みの化粧品やダイエット法まで登場し、話題を呼んだ。
時計遺伝子とはどのようなものか? 私たちの健康とどう関わっているのか?
長年、この分野の研究と治療への応用に取り組んできた、大塚邦明医師(東京女子医大名誉教授)に訊いた。
生命は皆、時を刻む時計を持っている
地球上のすべての生命は、時を刻む「体内時計」を持っている。約24時間周期で自転し、昼と夜が交互に訪れる地球の環境に適応するための仕組みだ。
たとえば、人間の体温や血圧、脈拍は夜に低くなり、朝から昼にかけて高くなるというリズムがある。それによって、日中は活動に適した状態、夜は休息に適した状態にするといったコントロールが自動的に行なわれているのだ。
このように約24時間周期で変動する生理現象のリズムを「サーカディアンリズム(概日リズム)」という。
では、そのリズムを司る体内時計は、どこにあるのだろうか?
「1970年代に米国の2つの研究グループがほぼ同時に、哺乳動物の体内時計の中心的な役割を果たしているのが、脳の視床下部にある『視交叉上核』という部位であることを発見しました」
「しかし、リズムを生み出すメカニズムは不明でした。それを分子生物学的に解明したのが、今年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した3人の研究者です」(大塚医師)
彼らはショウジョウバエの遺伝子解析によって「per(period)」と呼ばれる時計遺伝子を同定した。時計遺伝子は、一定の周期で規則的にタンパク質(時計タンパク)を作っている。
時計タンパクは一定の量が作られると、今度は時計遺伝子に働きかけて自身の合成を抑制する。だが、細胞内の時計タンパク量が一定以下になると再び合成が始まる。この一連の周期が約24時間のリズムを作っているのだ。
その後の研究で、さらに「cry」「b-mal」「clock」といった複数の時計遺伝子が同定され、それぞれの役割についても判明してきている。補助的なものも含めると、体内時計の働きに関わる遺伝子は、現在、20種類ほど見つかっている。
「時計遺伝子は脳細胞だけでなく、ほぼ全身の細胞に含まれていました。現在では、脳の視交叉上核が『親時計』として全身の末梢組織にある『子時計』に合図を送り、サーカディアンリズムを作って、体内の働きを調節していることがわかりました」
「心臓には<心臓の子時計>、腸には<腸の子時計>があり、親時計に連動しながら、個々に時を刻んでいるということです」(大塚医師)
体内時計が正しく時を刻むことで、我々の体は正常な働きを維持できる。ところが、なんらかの原因で体内時計が狂ってしまうと、さまざまな弊害が引き起こされる。
「わかりやすい例が『時差ぼけ』です。飛行機で短時間のうちに日付が変わってしまうほど移動するのは、体内時計にとっては想定外の事態。体内時計の時刻と実際の生活時間がずれた結果、体温や血圧、ホルモンの分泌、睡眠・覚醒といったリズムがそれぞれバラバラになり、体に変調を来すのです」
「また、シフトワークや夜勤を余儀なくされる職業の人には、がんや生活習慣病の発症が多いことが知られており、これも体内時計の乱れが原因と考えられています」(大塚医師)