連載「グローバリズムと日本の医療」第14回

トランプ政権の誕生で「オバマケア」の運命は?〜アメリカ民主主義が生み出した大きな賭け

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オバマケアの「負」の側面

 オバマケア実施後、約2000万人が新たに医療保険に加入できたと言われている。また、低所得層には保険料に対する政府からの補助金があるために、医療保険取引所で医療保険を購入する人の80%は月100ドルより少ない額で医療保険に加入できると言われている。

 確かにオバマケアは多くの無保険者を医療保険に加入させたが、このようなすばらしい業績の裏には、必ず負の側面が付随している。それは、国家が介入することにより国民が次第に政府に依存しすぎる傾向になることと、長期的には財政赤字が膨れ上がる可能性を秘めている点である。

 議会予算局の推計によると、今回の改革を行うために2010~2019年度に必要な支出は9380 億ドルで、医療費関連の支出削減、ペナルティ、課税等による収入が1 兆620 億ドル、つまり財政収支は10年間で1240 億ドル改善されると推計している。

 しかし、これは楽観的すぎるという批判もある。短期的には影響が小さくても、長期的には財政赤字の増大につながると懸念しているのだ。2016会計年度の財政赤字は前年度比34%増の5874億ドルで、2011年度以来5年振りの財政赤字増加となったが、これはオバマケアによる社会保障費増加の影響が大きいとされている。

オバマケア廃止は民主党の「フィリバスター」で否決?

 ドナルド・トランプ大統領はオバマケアを廃止すると言っている。しかし、上院には上院規則19条で、「いかなる上院議員も、他の議員の討論を、その議員の同 意無しには中断させることができない」という規程がある。さらに、上院の法案審議は会期を越えて行うことができないので、民主党上院議員が延々と討論を続け、会期末まで審議を引き延ばせば、共和党提出の法案を廃案にできる。

 これがいわゆる「フィリバスター」と呼ばれるものだ。これは200年以上もの伝統がある規程である。しかし、フィリバスターを全面的に認めてしまえば上院が機能しなくなることもあり、現在では、上院議員の5分の3以上(60議席以上)の支持があれば、議員の発言時間を制限することが可能になっている。

 現在の上院における勢力図は、民主党46議席、共和党52席、独立派2議席。共和党がオバマケア廃止の法案を提出しても民主党員が結束すれば、フィリバスターによって廃案にできる。

 しかし、保険料への政府補助金、個人加入義務化、従業員に対する雇用者保険提供義務など予算にかかわる部分に関して、共和党は単純過半数で採決可能な財政調整を駆使してオバマケアを骨抜きにすることができる。現在のように政府から補助金を提供するのではなく、税控除という形に変えることも考えられる。

 ただし、この手法を使うと、中間層以上の人が得をするが、現在、補助金を得ている低所得者層に恩恵が行きわたらないとも言われている。また、ホワイトハウスは大統領令を発令することでオバマケアを骨抜きにすることも計画していると伝えられている。

オバマケアを全面的に停止すれば財政赤字額が今後75年間で6.2兆ドルに増加

 トランプ政権はオバマケアに変わる具体策に乏しく、綿密な計画が立てられているとは考えにくい。オバマケアを批判し、さまざまな手法で骨抜きにすることができても、代替案を出すことができない可能性もあり、そうなれば医療保険制度をめぐって大きな混乱が起きることも予想される。

 すでに数千万人の既得権益者ができており、その中にはトランプを支持した低所得者層も多い。その人たちへの補助金が削減されても、それを上回るだけの所得上昇や雇用の創出ができれば、トランプ政権への支持は続くだろう。

 しかし、そのようにうまく経済がまわるとは限らない。補助金が削減され、経済も停滞すれば、現在のトランプ支持層の不満が一気に高まることも考えられる。仮にオバマケアを全面的に停止してしまえば、財政赤字額が今後75年間で6.2兆ドルも増加するというアメリカ会計検査院の試算も出されている。

 政治手腕が未知数のトランプ大統領が、この難問にどのように対処できるのか。アメリカ民主主義が生み出した大きな賭けと言える。


連載「グローバリズムと日本の医療」バックナンバー

杉田米行(すぎた・よねゆき)

大阪大学大学院言語文化研究科教授。米国ウィスコンシン大学マディソン校大学院歴史学研究科修了(Ph.D.)。専門分野は国際関係と日米医療保険制度。

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