シリーズ「DNA鑑定秘話」第24回

DNA鑑定秘話〜TVドラマ『逃亡者』のモデル「Drシェパード妻殺人事件」の真相

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1993年に映画化もされた『逃亡者』の真実は?(画像はAmazonビデオより)

 「リチャード・キンブル。職業、医師。正しかるべき正義も時として盲(めし)いることがある。彼は身に覚えのない妻殺しの罪で死刑を宣告され、護送の途中、列車事故に遭って辛くも脱走した……」

 1963年から1967年にかけてアメリカABC系列で放送され、日本でも高視聴率を記録したTVドラマ『逃亡者(The Fugitive)』のオープニング・ナレーションだ。無実の罪を負いつつ刑事に追われるリチャード・キンブル(デビッド・ジャンセン)。その逃亡劇に一喜一憂、いつもハラハラ、ドキドキさせられた。

 このTVドラマ『逃亡者』のモチーフとなった事件の張本人、サミュエル・ホームズ・シェパードは、1924年、オハイオ州クリーブランドに生まれる。オステオパシー(整骨医学)の神経外科医としてベイ・ビュー病院を経営するシェパードは、地位も名声も手にする。愛妻・マリリン、7歳の息子・サム。広々とした邸宅に3人が暮らす裕福なファミリーは、村の誰もが羨やむほどだった。

撲殺された妊娠4ヶ月の身重の妻、犯人は夫シェパードか?

 1954年7月4日、クリーブランド郊外、エリー湖畔のベイ・ビレッジ村で怪事件が起きる。奇しくもアメリカ独立記念日だった。午前5時45分、電話の呼び鈴がけたたましく鳴る。早朝の静寂を破られたジョン・スペンサー・フーク村長は受話器に飛びついた。「大変だ。マリリンが殺された、すぐ来てくれ」。そう叫ぶなり、シェパードの苦しそうな喘ぎ声は途切れた。

 フーク村長と夫人は着の身着のままシェパード宅に駆けつける。1階の床に、診療かばん、医療器具、衣類、家具類が散乱し、足の踏み場がないほど。顔に重傷を負い、上半身裸のまま、びしょ濡れのスラックスをはいたシェパードが居間のソファにうずくまっていた。

 フーク村長と夫人は、2階の寝室へ駆け上がる。ベッドの上に横たわる血まみれのマリリンは、頭部を殴打されたのか、すでにこと切れている。フーク夫人は絶叫した。「警察を呼んで! 救急車も!」。シェパードはベイ・ビュー病院に収容される。首を絞められ、後頭部を強打されていたが、ベイ・ビレッジ警察の事情聴取にかろうじて応じる。

確たる証拠もないまま妻殺しの容疑で逮捕

難治性むちうち症からなぜ多くの不定愁訴がおきてしまうのか?
難治性のむちうち症を改善 後編 東京脳神経センター 整形外科・脊椎外科部長 川口浩医師

前編『画像診断できない難治性のむちうち症を独自の治療法で改善』

原因不明で治療法がなく多くの患者さんが回復をあきらめていた難治性のむちうち症。東京脳神経センターで進む独自の治療で、めまい、動機、吐き気などの全身症状やうつ症状などの不定愁訴が大幅に改善しているという。その具体的な成果についてお話を伺った。

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