内田の議論には国民国家への期待が若干残るが、宮崎学は日本型国民国家そのものに現在の苦境の原因があるとする(『法と掟』洋泉社)。日本では、明治維新後、政府が、農村や都市にみられた自治組織、職能団体などの個別社会の自治を破壊し、全体社会として統合した。宮崎は、華僑の相互扶助組織と個人の強さ、たくましさを高く評価する。宮崎の結論部分を引用する。
「それぞれの国民が国民国家単位でどうまとまって行動していくか、ということよりも、それぞれの個々人が個人としてアジアの中で、あるいは世界の中で、どう独立して行動していくのか、ということのほうが、まず優先されなければならない。いま国民国家の枠が日本の社会を全体社会一本にまとめあげることによって、個別社会の、したがってまた個人の活力を発揮することを妨げている。個人と個別社会をこの枠から解放することが、1990年代以降に現れた時代の変貌の中で、最も重要な課題になっているのだ。」
明治維新後の個別社会の破壊は、中間団体を旧体制として否定し、徹底して破壊したフランス革命に似ている。フランス革命は、旧体制を嫌悪したが、旧体制のもたらした行政的中央集権をさらに強めた。旧体制以上に、思考が画一化され、多様性と自由を奪った。トクビルの記述は、日本の衰退に重なる。
「ある権威があるとする。それは、わたくしの歓楽が平穏に満たされるのを見張っており、わたくしの行く先々を先廻りして、わたくしが心配しないでもすむようにすべての危険をまぬがれるようにしてくれる。この権威はこのようにしてわたくしが通過する途上でどのような小さなとげも除いてくれると同時に、わたしの生活の絶対的な主人でもある。そしてまた、この権威はそれが衰えるときにはその周囲ですべてのものが衰え、それが眠るときにはすべてのものが眠り、それが亡びるならばすべてのものが死滅するにちがいないほどに、それが運動と生存とを独占している。」(『アメリカの民主正義』講談社学術文庫)
社会の変化は、その社会で生活している人たちが考えるより早く、激しい。現在の日本がこのまま維持されることがないことは間違いない。
小松秀樹(こまつ・ひでき)
虎の門病院泌尿器科部長。東京大学医学部卒。都立駒込病院、山梨医科大学、虎の門病院泌尿器科部長等を経て、2010年から、亀田総合病院副院長・泌尿器科顧問。現在、千葉県や所属する医療法人などに対する批判をめぐり懲戒解雇問題が発生し係争中。
※編集部注
本文書は、2015年8月31日に出版された『地域包括ケアの課題と未来』(ロハスメディア刊)の編集雑感の3回目として2015年10月31日付 MRIC に掲載されたものを転載。