安倍首相は国民の“空気” を利用して主体的な責任の自覚を回避している!?

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空気が読めないではなく、むしろ読みすぎる!?shutterstock.com

 安倍首相が戦後70年の節目で談話を発表しました。基本的にとても優れた内容だったと思います。法と国際秩序を尊重する思いが表明されたことは高く評価されるべきです。また、国内外の悲惨な体験をした方々の内面に思いをはせ、その名誉に言及したことは、素晴らしいことでした。

 植民地時代の末期に各地域での経済のブロック化が進み、そこから排除された日本が、開戦へと追い込まれていった事情について説明されたことも良かったと思います。

 しかし、ここで検討したいことが一つあります。「経済的に追い込まれて仕方なく」行った行動には、「近隣諸国の資源などの富を軍事的に支配することで自分のものとしたい」という物質的な欲望を満たそうとする主体的な支配欲は関わっていなかったでしょうか。
つまり、「周りに追い込まれて仕方なく」行った行動には、自分も実はそれを望んでいたけれど、自分の意志や決断でそれを行う勇気がなく、無理強いされた機会にそれを実行したのではないか、という疑惑が残ります。

 ここには、政治的な優位性や経済的な利益に関心のある誰かが、自分の責任を隠ぺいするために全体の空気をそのような方向に誘導しようとすることとの、共犯関係が成立していた場合もあったでしょう。

空気を利用する日本的ナルシシズム

 私は「日本的ナルシシズム」という言葉を用いた批判を頻繁に行っています。「自分を犠牲にして他者のために尽くしている」という思いが強すぎることには、物事の理解が一面的になってしまう弊害があります。その種類の問題が、日本社会では起こりやすいのです。

 人間の生には、「他者を犠牲にして自分を生かしている」側面が必ずあります。まず、食物という形で他の命を奪わないでは、私たちは自分の命を保つことができません。同様に、他人の富を奪わないでは、自分たちの豊かさを保つことができません。しかし、この事実に直面することは、大変な精神的苦痛を伴います。

 そのような時に、自分のこころを守るために、「空気」を利用することが可能なのです。「自分は悪いことをしたくなかったけど、そういう空気に逆らえなかった」ということならば、集団が行ったことについて自分が責任を負う必要がないと判断できます。しかし、その場合でも、集団が得た利益からの分配を得ることについては、しっかりと期待しているのが普通です。

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