インタビュー 生活習慣病の発症は胎児期に決まる 第1回 早稲田大学理工学術院総合研究所・福岡秀興教授

日本の子どもたちが危ない! 胎児期の栄養状態で一生の健康が決まる

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子どもの未来はおなかの栄養状態で決まるshutterstock.com

 産まれてくる赤ちゃんが健康であってほしい、その健康が生涯にわたって続いてほしという親たちの願いは、今も昔も変わらない。ところが、妊婦の栄養状態が、胎児の発育だけでなく、産まれてくる子どもの生活習慣病の発症リスクに大きく影響する可能性があるという。この説を「成人病(生活習慣病)胎児期発症起源説(DOHaD説:Developmental Origins of Health and Disease)」という。日本の将来を担う子どもたちを、生活習慣病のリスクから守るにはどうしたらいいか? その解決法を、DOHaD説研究の第一人者、福岡秀興教授(早稲田大学理工学術院総合研究所)に訊いた。

―福岡先生が成人病(生活習慣病)胎児期発症起源説(DOHaD説)を研究するようになったきっかけは?
福岡:産婦人科の医師として長く臨床の現場にいて、赤ちゃんが小さく産まれてくるという傾向に危機感を覚えていました。戦後の平均出生体重を見ると、1946年は男児が3140g、女児が3060gでしたが、経済発展とともに1960年頃から増加に転じ、1980年には男児が3240g、女児が3150gとピークに達します。

 しかし、それ以降は減少傾向にあり、2010年は男児が3040g、女児が2960g。つまり、この30年間で、男女ともに平均出生体重は約200gも減少しているのです。また、1978年以降、低出生体重児(出生体重2500g未満)の割合も年々増加しており、2013年には9.58%まで達し、その後はほぼ同じ頻度で推移しています。

―なぜ平均出生体重は減少傾向にあるのでしょうか?
福岡:その原因は、主に妊婦の子宮内の栄養状態があまり好ましくないからだと考えられています。赤ちゃんの出生体重は、母親の子宮内の栄養環境を正確に示すものではありませんが、ある程度は反映していると考えてよいでしょう。ですから、出生体重が以前に比べ平均で200gも減少するというのは、多くの妊婦が栄養不足の状態にあると想像されます。

日本女性の"痩せ願望"が大きく影響している

―食料難だった戦後すぐの時代よりも出生体重が低下しているということは、人々の食生活は豊かになったのに、妊婦に限っては栄養不足の状態にあるということでしょうか? この原因は何でしょうか?
福岡:まず挙げられるのは、日本の女性の「痩せ願望」が強くなったことです。現在の日本では、妊娠する可能性が高い20代女性の4~5人に1人が痩せています。医学的には、BMI(肥満指数=Body Mass Index)の値が18.5以下を「痩せ」に分類していますが、その割合は2013年で21.0%。これはダイエットを意識するあまり、食事を抜いたり食生活が乱れたりしていて、栄養が偏っているからだと思います。その背景には、マスコミやファッション業界の人々がスリムな体形を称賛し、それに従って過剰なダイエットが行われているからではないでしょうか。

―妊娠をしたら、ちゃんと栄養を摂る、というのではダメなのですか?
福岡:また「Will not eat, Can not eat」という表現があります。ダイエットをして食事を抜く習慣を長く続けていると、いざ食べなくてはならないときに、自分では食べたいという意思があっても、充分に食べられなくなる可能性がある。特に妊娠中に食べようとしても充分に食べられない状況が出てくるのではと思われます。その場合、胎児には、必要な栄養が充分に行かなくなってしまうのです。

 また、痩せた状態で妊娠すると、早産や切迫早産を引き起こしやすいというデータもあります。さらに、低出生体重児が帝王切開で産まれる確率は、正常体重児に比べ約2倍も高いというデータもあります。このデータは、胎児の出生体重が小さくても、必ずしもお産は安全ではないということを示しています。

―痩せたまま妊娠すると、胎児にはどのような影響が生じますか?
福岡:妊娠しても妊娠前と変わらずに少ない栄養しか摂取していないと、子宮内の胎児は、そのような栄養不足の状態でも生きていけるような体質になってしまいます。そのような体質を持った子どもが、生後、栄養豊かな食生活によって育てられると、産まれ持った体質との間に大きなギャップが生じてしまい、生活習慣病などを発症するリスクが高くなると考えられています。つまり、生活習慣病の原因が、胎児期にすでに作られているということです。

 イギリスのサウザンプトン大学医学部のデイヴィッド・バーカー教授が、1901年から1945年までの40年以上にわたってある地域で出生児全てについて調査されていた、詳細なデータを見出したのです。このデータを分析した結果を元にした考え方です。具体的には、出生体重と産まれた子どもの疾病リスクの関係を調査したもので、小さく産まれた赤ちゃんが成人すると、男女ともに心筋梗塞のリスクが高くなることがわかりました。これをDOHaD説と言います。

オランダの飢餓事件が示す低栄養と生活習慣病のリスクの関係

福岡秀興(ふくおか・ひでおき)

早稲田大学理工学術院総合研究所教授。東京大学医学部卒業後、東京大学助手(医学部産婦人科学教室)、香川医科大学助手、講師、米国ワシントン大学医学部薬理学教室 Research AssociateRockefeller 財団生殖生理学特別研究生、東京大学大学院助教授を経て、平成19年より早稲田大学胎生期エピジェネティック制御研究所客員教授。平成23年より同大学総合研究機構研究院教授、平成27年より現職。厚生労働省の第6次、第7次「栄養所要量」、「妊婦のための食生活指針」策定委員等なども歴任、日本の成人病胎児発症説研究の第一人者として、妊娠中や思春期の食の問題に取り組む。『胎内で成人病は始まっている』(デイヴィッド・バーカー著)を監修・解説。日本DOHaD 研究会代表幹事。米国内分泌学会会員,日本内分泌学代議員、日本母性衛生学会監事、評議員(日本骨代謝学会、日本骨粗鬆症財団、日本妊娠糖尿病学会、日本性差医学研究会、日本臨床栄養学会、日本産婦人科学会東京地方部会 他)、認定臨床栄養学術師(日本臨床栄養学会)、 産婦人科専門医。著作は『災害時の栄養・食糧問題』(建帛社)、『ビタミン・ミネラルの科学』(朝倉書店)『子供の心身の危機をどう救うか』(ナップ社)『臨床栄養医学』(南山堂)『SGA性低身長症のマネジメント』(メディカルレビュー社)『NHKスペシャル 病の起源2』(NHK出版)など多数。

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