病名を正しく知るのは患者の権利
shutterstock.comかつて「がん」は不治の病と認識され、患者への病名告知がタブー視されていた時代があった。現代は早期発見・早期治療によって克服できるがんも多くなり、告知率は数十年前より飛躍的に上がっている。
それに対して、高齢化社会を象徴する難病「認知症」についてはどうか。米国アルツハイマー病協会はこの春、「2015 Alzheimer's Disease Facts and Figures report(アルツハイマー病の調査レポート)」を発表した。
それによると、アルツハイマー病の診断を受けた患者、あるいはその介護者の45%にしか病気の事実が知らされていないという。
精神的苦痛か、患者の自主性か
この結果は、現在アメリカで乳がんや直腸がん、肺がんなどの90%以上が病名を告知される事実とは対照的だ。
「これはアルツハイマー病患者の自主性と、意思決定の権利を損なう重要な問題。病気の診断が開示されれば、患者は自分の変化に積極的に対応し、よりよい生活を送るための方法を考えることができるだろう」。同協会のBeth Kallmyer氏はそう述べている。
医療関係者がアルツハイマー病の診断を開示しない最も一般的な理由は、「患者に精神的苦痛を与えないため」だ。
しかし、もし病気が進行してから診断を告げられるようなことになれば、介護プランの選択や法的・経済的な問題について患者が自分で決定する能力がなくなっている可能性がある。それは、患者本人の意志を尊重するものではない。
告知してほしい患者、躊躇する医師
翻って日本ではどうだろうか。少し古いデータだが、認知症介護研究・研修センターが2006年に精神科医や内科医ら約1000人に対して調査を実施している。それによると、アルツハイマー型認知症について80%が「告知は患者に必要」とし、90%が「患者には病名を知る権利がある」と答えた。
しかし実際には、すべての患者に告知している医師は8%にとどまり、72%の医師は「場合による」と回答している。また、まったく告知していない医師も10%にのぼった。
大半の医師が告知の必要性は感じながらも、躊躇してしまう傾向が強いことがわかる。一方で国立長寿医療研究センターが一般人に行った調査では、「自分が認知症になった場合、告知を希望する」と答えた人が8割を超えている。
こうした調査結果は、アメリカ・日本両国で、患者本人と医師との間にまだギャップがあることを示しているようだ。
アメリカでアルツハイマー病と診断された地域在住高齢者の平均余命は、男性4.2年、女性5.7年という報告がある。現時点で根治療法がないアルツハイマー病の告知は、がん同様に慎重でなければならない場合も多い。
早くから適切な治療や介護を受けるには、本人への告知が重要だ。しかし、すでに本人の判断力が低下していたり、家族が望まなかったりする場合もある。本人の「知る権利」との間で、告知する側の医師も迷っているのだ。
日米とも、アルツハイマー病などの認知症患者を介護するためにかかる費用と時間は莫大なものとなり、深刻な財政問題となっている。その負担に対処するためにも、診断の告知と共有の重要性はますます高まるはずだ。医療関係者だけに議論を託すことなく、私たち一人ひとりが考えるべき問題だろう。
(文=編集部)