高齢者の事故は認知症以外にも原因が......Graphs / PIXTA(ピクスタ)
65歳以上の高齢者人口が占める割合が総人口の21%を超えている「超高齢社会」の日本。社会が抱える難題は山積しているが、高齢者による交通事故もそのひとつだ。交通事故の総件数が9年連続で減少する中、65歳以上のドライバーが起こす事故がここ15年で倍増。高齢者による運転の危険性が指摘されている。
その対策として今年1月15日、警察庁交通局が道路交通法の改正試案を発表。75歳以上の高齢ドライバーに対する認知機能検査をさらに強化し、もし認知症の疑いがあれば、医師による診断書の提出を義務づけるのだという。
そして3月10日、政府が認知機能のチェックを強化する改正道路交通法案を閣議決定した。
認知症の恐れがあれば医師の診察を義務化
現行法では75歳以上のドライバーに対し、3年ごとの運転免許更新時に認知機能検査が実施されている。それにより「認知症の恐れがある」(1分類)「認知機能が低下している恐れがある」(2分類)「低下の恐れなし」(3分類)の3段階による判定が行われる。
しかし、認知症の疑いが強い「1分類」に判定されても、信号無視などの違反をしていなければ医師の診断は不要で、運転を続けられる。2013年の免許更新時の検査では、1分類と診断されたのは約3万5000人。そのうち、違反があって医師の診断書を提出したのは524人で僅か1.5%。診察で認知症と診断され、運転免許が取り消しや停止処分となったのは118人だった。
今回の改正案では、認知機能検査で「1分類」に判定された場合は、医師の診断を義務とし、認知症と診断されれば免許取り消しや停止処分となる。また、道路の逆走や信号無視など一定の違反を行った場合も、臨時の検査を実施する方針だという。
「患者差別になる」と関係学会が反論
それに対して精神科医ら1万6000人でつくる日本精神神経学会は2月3日、「認知症と危険運転との因果関係はまだ分かっていない」とする意見書を警察庁に提出した。高齢者の交通事故増加はあくまで、社会全体の高齢者の割合が増加しているためだという。
意見書では「特定の病名を挙げて免許を制限することは、患者への差別」と主張。認知症診断の判断材料となる短期記憶障害も、運転に与える影響は少ないと指摘する。さらに医師は「疑い」も含めて病気と診断する傾向があるため、運転に支障がない人の運転の権利までが剥奪されることを危惧しているのだ。
学会の法委員会担当理事で精神科医の三野進さんは「そもそも年をとれば視力や聴力も落ち、運転は危なくなりがち。総合的な危険性を判断する対策が必要で、認知症だけを排除しても意味がない」と言う。学会は行うべき政策がまだ多く残っているとし、改正試案の見送りを求める方針だ。
事故率を上げるのは認知症だけではない
高知大医学部が2008年に行った調査によると、認知症患者約7300人のうち11%の人が診断後も運転をやめず、うち16%にあたる約130人が人身事故や物損事故を起こしていたという。また、米国には「認知症の人は健康な高齢者に比べて衝突事故の可能性が2.5倍になる」という報告もある。
一方、こちらも高知医大の研究で、左右の脳に軽い白質病変(部分的に血液が行き渡らなくなる虚血性病変)があるだけで、交差点内で事故を起こすリスクが3.36倍に増えるという報告もある。認知の低下を示す症状がなく生活上は支障がない高齢者でも、運転能力には差があるのだ。
確かに人身事故を起こせば取り返しがつかず、高齢者本人や家族の賠償負担も膨大なものになる。しかし、車がないと生活が成り立たない地域も多い。
運転能力を下げる要因は複数あるのに、「認知症」による線引きだけで実効性があるのか。高齢者の事故対策については医療・司法関係者、家族や地方行政を含む国民全体で議論され、十分な検討が行われることを望みたい。
(文=編集部)