乳がん手術後のタトゥー施術に力を注いでいるイギリスの「P.INK」(公式HPより)
先週、オーストラリアのダーウィンに住む女性タトゥー・アーティストが、ある写真を自身のフェイスブックに公開した。写真は、ある女性の乳房で、芸術的で大胆な花のタトゥーが彫られている。これが、瞬く間に反響を呼び、24時間以内に、なんと1万4000回ものアクセスがあり、17万5000人もの人々にリンクされた。
乳房の持ち主は、実は乳腺切除と乳房再建の手術をした女性である。写真では、タトゥー施術の前後の、乳房の違いが見てとれる。施術前の乳房は、左右とも手術の大きな傷跡が痛々しい。多くの女性が、病気のショックに加え、こうした変わり果てた乳房に、大きな落胆や失望を覚えるものだ。この女性も、同じ気持ちであったに違いない。
施術後の乳房は、百合と蓮の花をミックスした、オリジナルのゴージャスな花が、両乳房を彩っている。乳房の形そのものは変わりないのに、見違えるほど美しく、女性らしく、生まれ変わっている。
職歴21年の、この女性タトゥー・アーティスト、ダブスさんは、お腹の傷跡を隠すタトゥーなら、これまでに何度も依頼を受け、手がけてきた。しかし、乳がんの傷跡は初めてであった。
実際にタトゥーを施した後は、依頼主の女性と2人で、仕上がりの美しさに喜び合ったという。ダブスさん自身、乳がんで友人を亡くした経験があり、この仕事に大きな意義を感じている。
今の自分の体を好きになれるタトゥー
乳がんの摘出手術は多くの女性にとって、病気と闘う以上のリスクがある。乳房が変形したり、失ったりすることで、女性としての誇りやアイデンティティーと向き合わなければならない。その心理的な負担は、計り知れない。
乳がんの手術といえば、長い間、乳房を丸ごと切除する「乳房切除術」が主流であった。手術後、ごっそりと乳房を失った姿を見た女性たちは、一様に悲観に暮れた。
最近は、切除範囲を縮小し、乳房をなるべく変形させない「乳房温存手術」が増えている。手術後、乳房を残すことが、心理的・身体的な負担を大きく軽減させている。また最近は、手術後に乳房のふくらみを取り戻す「乳房再建術」を選ぶ女性も増えている。2013年7月に保険適用が拡大され、手術費用が大幅に下がったのが大きな要因だ。
とはいえ、こうした手術をすると、メスを入れた傷跡は残る。そこで注目されているのがタトゥーである。成人の5人に1人はタトゥーを入れているとされる"タトゥー大国"のイギリスでは、乳がん手術後のタトゥー施術に力を注いでいる活動団体もある。
団体のひとつ、「P.INK」によると、女性たちにとってタトゥーは、傷を隠すだけでなく、鏡に再び向き合うのを楽しくしてくれるものだという。女性たちは、乳がんを経た「今の自分の体」を好きになることができるのだ。同団体のウェブサイトでは、乳がんの手術後にタトゥーを彫った女性たちの、どこか活力を得たような笑顔が見られる(公式HP http://p-ink.org)。
ひるがえって日本では、タトゥーは市民権を得ていない。国内の銭湯や温泉、プールの類いの公共施設は、社会通念やトラブル防止を理由に、体にタトゥーが入っている人の利用を規制されていることが多い。スポーツジムやエステサロンなども断られる場合がある。社会的にも、倦厭されがちだ。
だが、今年10月から半年間、リゾート施設の運営などを手掛ける星野リゾートは、専用のシールで隠せば、温泉への入浴を認める取り組みを試験的に始めるそうだ。海外では若い世代を中心にファッション感覚でタトゥーを入れたり、民族文化だったりすることもあり、増加する外国人観光客受け入れに対応する。
タトゥーによって乳がんをバネに力強く生きる女性を通じ、世界の潮流が日本にやってくる日も、そう遠くないかもしれない。
(文=編集部)