3D技術が日本の国際競争力を強化のひとつに ryanking999/PIXTA(ピクスタ)
パソコンを使って立体物を印刷するように作れる「3D(3次元)プリンタ」が、医療現場で活躍し始めている。『Science Translational Medicine』(4月29日)に掲載された報告では、3Dプリンタを用いて作製されたインプラントによって、まれな気道疾患をもつ3人の乳児の命を救うことに成功したという。
男児(生後3~16カ月)らは、気管壁が弱く呼吸の際に潰れてしまう気管・気管支軟化症という疾患のため、集中治療室に数カ月間入院していた。研究著者で米ミシガン大学准教授のGlenn Green氏によると、頸部には呼吸管を挿入し、人工呼吸を維持しており、1人は胃に食物が入ると心停止をきたしてしまう状態であったという。
この乳児らの命を救うべく、研究グループは気道の副木を設計。「C」の字のような形をした多孔性の中空管を気道に縫合した。この副木には柔軟性があり、気道の成長を妨げることなく開通を維持することができる。生体材料で作られているため、気道が十分に強くなる頃には分解されて消失する。
最初にこの治療を受けたKaiba Gionfriddo君は、現在3歳になる。生まれてすぐに肺に十分な空気を取り込めない状態となり、2012年に生後3カ月でインプラントを入れた。副木は意図したとおり分解され始め、医師は呼吸管を除去した。
男児は基本的に治癒したとみなされている。母親のApril さんは、「息子がこの治療を受ける初めての患者と知り怖かったが、命を救うには他に選択肢がなかった」と述べている。
Green氏によると、気管・気管支軟化症の市場は小さく、医療機器メーカーの関心も向けられなかったため、3Dプリンタで独自のインプラントを作ることにしたという。研究チームは小児の気道のCT画像を用いてコンピュータモデルを作成し、一人ひとりの体の構造に合わせて調整した。プリンタで何度も試作して検査を重ね、繊細な手術の練習にも3Dコピーを利用した。術後、CTとMRIを用いて追跡した結果、合併症はみられず、3人とも現在は自宅で家族と過ごしているという。
研究グループは現在、米食品医薬品局(FDA)とともに大規模な臨床試験の実施に向けた取り組みをスタート。Green氏らは「医学や外科学における3Dプリントの可能性は無限だ」という。
たとえば、耳や鼻の先天性欠損や、外傷やがん治療で失われた部位の再建にも利用できる可能性がある。また、「3Dプリントで身体の変化に適応する精密な器具を作ることも可能だ」と、研究著者の1人であるRobert Morrison氏は付け加えている。
医療現場で期待される、3Dプリンタの無限の可能性
3Dプリンタは、大量生産には向かない、オーダーメードの多品種少量生産に適している。そのため、もともと医療分野では活用が有望視されていた。
昨年11月7日、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、バイオ3Dプリンタや細胞シート積層技術などの立体造形技術を用いて、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などから骨や血管、心臓などの立体組織・臓器を製造する技術開発に着手することが発表された。大阪大など5研究グループによるこの事業は、2014年からの5年間で総事業費が約25億円。すでに5テーマが選定されている。
その一つが、大阪大が取り組む、iPS細胞から作った心筋の細胞と、血管を持った心筋組織の作製だ。3Dプリント技術を応用して、ミクロなレベルから構造および形状が制御された機能的な立体心筋を開発するという。移植用の人体組織や臓器を立体的に作製する再生医療の研究は、世界的にまだ実用化していない新技術だ。
また、今年5月、NEDOプロジェクトにおいて、3Dプリンタで成形するカスタムメイド人工骨「CTボーン」を開発した「ネクスト21」が、オランダ企業とEUでのライセンス契約を締結し、製造・販売を開始すると発表した。
3Dプリンタで製造するカスタムメイド人工骨は、骨内部構造の設計もでき、0.1mmの形状再現ができる。人工骨の成形としては、現在の成形技術の中で最も優れた方法だという。日本では自家骨移植が主流だが、摘出による外科的な侵襲や採骨部の形態が変わることが問題だった。3Dプリンタでの製造は、これまでの人工骨のように熱処理をしていないため、自骨への癒合が早く、治療効果も優れている。
3Dデータを元に立体を作り出す3Dプリンタを活用した、医療分野の新技術。技術輸入超過が続く日本の医療機器産業の国際競争力を強化のひとつカギになりそうだ。
(文=編集部)