戦後の病気と思われていた「くる病」だが......。(「Thinkstock」より)
「くる病」が増えているという。日本人の栄養状態が悪かった戦後の一時期、特に日照が乏しい地域の子どもたちに多く見られたが、食料事情の改善に伴い、最近ではこの病名を聞くことさえまれになっていた。ところが、ここへ来て、また、くる病が増え、主婦向けの情報番組などでも特集されるようになっている。
くる病とは、成長期の小児の骨にカルシウムが定着せず、柔らかい骨様組織が増加する病気だ。多くの場合、骨の成長障害および骨格や軟骨部の変形を伴う。
発病するのは生後3カ月から6歳くらいまでの乳幼児だが、親などが子どもの異変に気づいても、くる病が原因だと判明するまでに時間がかかるケースが多いという。たとえば、おむつから出ている脚と脚のあいだが開き過ぎていたり、転びやすかったりするので最寄りの医療機関を訪ねてみても、「おむつが大きいから」「歩きはじめだから」と片付けられてしまうことも少なくないからだ。治療せずに放っておくと、重度のO脚や低身長などの原因になることもあるのにもかかわらず、である。これは、医療関係者にとっても、くる病は過去の病気であり、学会報告でも非常に珍しい病態とされていたからだ。
ところが、20年ほど前から、くる病の子どもがぼつぼつ見られるようになり、最近の小児専門病院では、特に珍しい病気ではなくなっている。
では、くる病の原因は何か。それは、ビタミンDの不足である。ビタミンDが不足すると、小児の骨は曲がったり、柔らかくなったり、形成異常を起こす。ビタミンDは小腸でカルシウムやリンの吸収を助け、血中のカルシウム濃度を一定に保ち、骨や歯への沈着を促す働きをもつが、不足すると、それらの働きが十分でなくなるからだ。
ビタミンDは、魚介類などの食品に含まれている。昔、幼稚園や小学校で配られていたタラなどの肝臓から抽出した油が原料の肝油ドロップもビタミンAとDを豊富に含んでいる。これも鳥目やくる病などを防ぐための戦後の栄養改善策の名残といえよう。一方、ビタミンDは、コレステロールを材料に皮膚から吸収する紫外線によって体内で合成することもできる。
それにしても飽食時代といわれる今の日本において、子どもの栄養状態が不十分とはどういうことか? ビタミンD不足という事実の裏に、実は思いがけない今時の子育て事情が関連しているのだ。
●優れているはずの母乳の欠点
今の子どもたちの栄養状態を検証してみよう。
まずは、母乳である。今では、ほとんどの母親が自らの母乳でわが子を育てている。中には「バストの形が悪くなるから」と、あえて人工栄養を用いる母親もいるが、先進国の多くが母乳育児を推進しているのは確かだ。
母乳育児のメリットは、母乳に乳児が必要とする栄養素が含まれており、消化・吸収がいいこと。母乳には免疫物質が含まれているので、病気に対する抵抗力も強くなる。哺乳瓶を持ち歩かなくていいこと、ミルク代がかからないなどのよさもある。さらに授乳により母子のスキンシップが得られることも忘れてはならない。
日本では粉ミルクなどの人工栄養の質の向上により、1960年代には母乳育児をする母親が急減した。その結果、肥満児が増え、さらに乳幼児の死亡率が高まるという事態が起きた。これを受け、厚生省(当時)が中心となって母乳育児推進運動を開始。同じ頃、国際連合児童基金(ユニセフ)や世界保健機関(WHO)もこれを推進。85年には9割の日本の母親が母乳(混合栄養含む)で子育てをするまでになった。母乳育児は、なかなか母乳が出なかったり、夜も授乳のために起きなくてはいけなかったり、大変なことも多いが、母親としての満足感を十二分に味わうことができる。
ただし、母乳は栄養的にもすぐれているが、ひとつ欠点がある。それはカルシウムなどを豊富に含むものの、ビタミンDの含有量が極めて少ないことだ。そのため、皮肉なことに、ビタミンDの欠乏による、くる病になる子どもたちのほとんどは完全母乳栄養なのだ。
そして、子どもたちは離乳食を経て幼児食に移行することになるが、ここで問題になるのが食物アレルギーだ。
食物アレルギーのアレルゲンの代表的な食品が乳製品と卵。どちらも身近で、栄養価が高く、ビタミンDも豊富だ。離乳食の頃から、食材を制限してしまうと、どうしてもビタミンDが不足ぎみになる。好き嫌いがある場合は、食品ではなくサプリメントに頼らざるを得ない場合もあるようだ。
母乳育児と食物アレルギーは、現代っ子を取り巻く環境と無関係ではない。