あの名曲の"変調"は不整脈ゆえ?
世界中の誰もが知っている偉大な作曲家、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。人々の心を震わせる名作の印象的なリズムは、彼自身の不整脈が創り出した可能性がある......。そんな異色の論文が、ミシガン大学とワシントン大学の研究グループ(心臓内科医師、歴史医学者、音楽学者)によって、2015年1月に発表された。
ベートーヴェンが難聴であったことは有名だが、心疾患も抱えていたともいわれている。今回の研究では、心疾患の影響という観点からベートーベンの作品を分析。すると、著名ないくつかの作品の特定のリズムが、心臓の不整脈による不規則なリズムを反映している可能性があることが分かったという。
不整脈というのは、通常より脈が速くなったり遅くなったり、リズムが乱れて不規則になったりする状態だ。原因は心疾患だけでなく、高血圧や肺の病気、加齢や体質、疲労やストレスの蓄積、睡眠不足などが原因になることもある。
ただ、脈が不規則になるといっても完全にランダムではなく、その変化には一定のパターンが見られる。ベートーヴェン作品のリズムパターンなどを調べた研究チームは、彼の作品に特徴的なテンポや長調・短調の唐突な変化が、不整脈によく見られる心拍の変化と一致するという結論に達した。
耳が聞こえないからこそ不整脈に敏感に?
研究グループは一例として「弦楽四重奏曲変ロ長調Op. 130」の最終楽章である「カヴァティーナ」を挙げている。この曲は、ベートーヴェン自身が「常に泣いてしまう」と評したほど感情をかきたてる。カルテットの中盤で、突如としてキーが変ハ長調へと変化。それに伴ってリズムも、「息切れ」と表現される暗い感情や方向感覚の喪失を呼び起こす、アンバランスなものに変化していく。
ベートーヴェンがこの曲で演奏家に出した指示は、譜面にドイツ語で「心重く」と書かれている。この表現は感情的な"悲しみ"とも受け取れるが、ベートーベンが心疾患ゆえに感じていた"圧迫感"を意味する可能性もあるという。研究グループは「この部分の不整脈的な性質は明確だ」としている。
さらに、ほかの作品も不整脈のパターンをもつことが判明。「ピアノソナタ第31番 変イ長調Op. 110」や「ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調"告別" Op. 81a」の出だし部分だ。
ベートーヴェンは、炎症性腸疾患、肝疾患、アルコール依存症・腎疾患など数多くの健康問題があったとされている。とりわけ難聴で耳が聞こえないために、より一層心臓の鼓動に敏感だった可能性がある。
チャイコフスキーのうつ病、モーツァルトの梅毒など、天才的な作曲家はさまざまな病歴とともに語られることが多い。「不整脈的な性質すらベートーヴェンの天才の発露であり、それが彼の心臓の鼓動である可能性も否定できません」と研究者は語る。
こうした新説を踏まえて件の名曲を聴いてみれば、今までとは違う好奇心がかきたてられ、新たな楽しみが生まれるのではないだろうか。
(文=編集部)