iPS細胞で皮膚ダメージを初期化 evgenyatamanenko / PIXTA(ピクスタ)
「見た目で10歳若返る美肌メイク」「若返りフェイスリフト」といった雑誌の特集から、基礎化粧品、サプリメント、美容整形に至るまで、巷ではアンチエイジング情報や商品であふれ返っている。女性にとって、いつまでもハリのある若々しい肌を保つことは、永遠の願望なのだ。
老化物質や若返り遺伝子の解明など、近年は抗老化をテーマにした学術的な研究も多い。そんな中、10月15日に大手化粧品メーカーのコーセーが、iPS 細胞を応用した皮膚科学研究の結果を発表した。老化による肌へのダメージを初期化し、何と肌細胞を30歳以上も若返らせることに成功したというのだ。
●iPS細胞が老化の皮膚ダメージを初期化
2006 年、京都大学の山中伸弥教授らによって初めて作製されたiPS 細胞(人工多能性幹細胞)とは、さまざまな組織や臓器の細胞に分化し、ほぼ無限に増殖する万能性をもった幹細胞。ヒトの皮膚の細胞などを遺伝子操作し、培養することで、分化した細胞から未分化の多能性幹細胞に初期化されたものだ。
一方で、老化は不可逆的なものとされ、細胞レベルでも進行することが知られている。そこでコーセーは、老化した細胞をiPS 細胞を使って初期化したときに、老化のダメージがどのくらい回復されるかを調べた。
老化の目安になるのは、染色体の両端にあるテロメアという構造体の長さだ。テロメアは生まれたばかりのときが一番長く、歳とともに細胞分裂を繰り返して短くなり、ある一定の長さ以下になると細胞分裂自体が止まってしまう。
同社は1980年以降の30年間、同じ男性から5回にわたり肌の細胞の提供を受けていた。そこで36~67歳に採取した5つの異なる年齢の肌細胞から、iPS細胞を作って分析したところ、通常は加齢とともに短くなるテロメアの長さが、すべての年代で回復していたという。つまり初期化によって67歳の肌細胞を、36歳の時とほぼ同じ状態に若返らせることができたのだ。
さらにこれらすべてのiPS 細胞を、再び皮膚表面(ケラチノサイト)に分化させることにも成功。このことから、細胞に刻まれた老化の痕跡は初期化の過程で取り除かれ、iPS細胞の機能にも影響を及ぼさないことが示唆された。
●オーダーメイドコスメが現実的に
30歳の若返りという朗報に、「いよいよ夢のアンチエイジングコスメがお目見え?」と大喜びした人もいるかもしれない。残念だが、今回の研究がすぐにiPS細胞の商品化に結びつくわけではないらしい。
今後の展開としては、加齢について遺伝子レベルでの知見を蓄積することで、老化のメカニズムを解明し、化粧品の開発に応用するという。iPS 細胞で作り出す皮膚をもとに敏感肌などを再現すれば、より安全な製品を開発するための評価方法も確立し、動物実験代替法の応用にも広げることができる。将来的には、iPS 細胞からサンプルを作製することで、一人ひとりの肌アレルギーに対応したオーダーメイド化粧品の開発にもつなげたいとしている。
アンチエイジング以前に「ヒトはなぜ老いていくのか」という問い自体にもまだ答えは見つかっていない。iPS細胞の応用研究は緒に就いたばかりだが、この分野の研究を一気に前進させる可能性を秘めているのは確かだ。いつか現れるだろう、画期的な若返りコスメの登場を楽しみに待ちたい。
(文=編集部)