ウイルスの特徴を理解しないままの検査体制
以下検査の重要性を具体的に説明する。
従来株であれば、感染者が出ると、保健所は疫学調査を行って濃厚接触者を特定。マスクの有無とか、三密とか、、、従来株から得られた知見による濃厚接触者対策、自宅隔離と検査にて2次感染者を炙り出す。これで何とかなった。濃厚接触者の検査は通常1回で良かったし、多くは感染を広げないことに役立っていた。
ところが、変異株ではこれは通用しなくなった。ちょっとした「接触」でも感染するため、マスクの有無や、15分の会話の基準等も役に立たなくなった(もちろん、手洗い、マスク着用、換気、三密回避等の基本的な対策を否定するものではない)。保健所が特定した濃厚接触者以外からも感染者がぼろぼろ出てきた。つまり、濃厚接触者をかなり広めに取らなければ、2次感染者をとり逃してしまう。
強い感染力のため、ちょっとした「接触」による「接触」感染と思われる事態も起こっていた(ドアノブとか)。つまり、従来株の知見による保健所の濃厚接触者対策を続けることが返って感染者をとり逃し、感染を広げてしまった。
家庭内感染もほぼ必発し、親から子供へ、子供同士、子供から親へ、その親は医療・福祉施設や学校で働いているとそこでまたクラスターが起こった。大きく網をかける広めの検査、深堀りの検査はこの変異株の特徴を知っていれば必須だ。裏を返せば、その広め・深堀りの検査が変異株の特徴を明らかにしてくれる。
また、潜伏期が従来株と比べてかなり長い場合も稀ではなく、1回の検査では、2次感染者をとり逃してしまう。この重要な変異株の特徴を掴まなければならなかったが、検査が貧弱なために出来なかった、特に濃厚接触者が外されてしまう変異株ではとても大きかった。更に悪いことに、検査の意味を誤解することも起こった。
検査には必ず偽陰性や偽陽性がつきまとう。このウイルスは感染しても潜伏期があり、数日しないと検査陽性とならない。発病2~3日前からウイルスが一気に増え出して検査陽性となるが、この潜伏期のうちのウイルスが増えていない期間は検査陰性なのにもかかわらず、この陰性期間を偽陰性とする解釈が出てきた。この陰性期間ではウイルスは何故か体内で増えておらず(潜んでいて)、他には感染させないので、これは偽陰性ではなく陰性だ。偽陰性とは本来ウイルスが体内で増えて他に感染性があるのにもかかわらず、検査で陰性となることだ。
こんなウイルスの特徴を知っていれば、頻回に検査する必要性は自ずと出てくるはずなのに、「今検査しても偽陰性があるから」というコメントはよく聞いた。その一方、陰性確認されれば、感染していない、もう陽性となることはないとの誤った拡大解釈も頻発した。
また、一度陽性に出ると、Ct値が異常に高く明らかな偽陽性にもかかわらず、行政検査の無謬性をたてに絶対にそれを撤回せずに、現場を混乱させた。これも頻回に測れれば、検査法を組み合わせればいい話ではないか。もちろん、きちんとした精度管理の上での話であるが、精度管理自体がかなり怪しかった。
検査をやればやるほど、とり逃した感染者
更に、ウイルスの型判定もその場で出来ず、変異株かどうかすぐにはわからない、むしろ、変異株が広がっているのにそれを隠蔽しようとする動きさえあった。ウイルス量が定量化されないために問題も生じた。PCR検査をちょっと工夫すれば定量化できるはずなのに、PCR検査を陽性か陰性かの定性検査にしてしまった。8割は無症候のこの感染症、無症候性病原体保有者の中にも何億コピーという莫大なウイルスを排出する場合があることが表に出なかった。
唾液に出やすい変異株、一時期は出るがしばらくすると極端に出なくなる変異株もあることがウイルスの定量化が出来ていないために明らかにならず、唾液に出ていないはずなのに、それを知らずに唾液検査を行っていたことも、、、ここでの陰性で無罪放免?鼻咽頭ぬぐい液には莫大量出ているのに、、、ウイルスを定量化すれば、抗原定性検査や抗原定量検査の意義ももっと明確になったはずだ、迅速性という最強の力も得ることができて。従来株と変異株のウイルス量の違い、病期や病勢との関係、個人差も明らかになったはずだ。
例を挙げればキリがない、、、
以上のように、保健所が従来株の知見のままの疫学調査に終始したことが、結局は感染を広げてしまった。やればやるほど、皮肉にも感染者をとり逃した。とり逃した感染者の感染力、変異株の感染力は物凄く、瞬く間に他に広がっていった。検査体制、これがしっかりしていれば対策は出来たと思う。検査体制が強固ならば、変異株の特徴もより具体的に掴めたはずだ。国の悪策や都の無策に科学的根拠を持って発信し、変えることは出来たはずだ。国民にも効果的に訴えることが出来たはずだ。
今でも残念でならない。
(文=某保健所長)
※MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jp 2021年9月1日より転載