開業医自身が自院でPCR検査ができない不都合な真実

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コロナ診療の最前線で何が起きている?

 コロナの特徴がほぼ固まりつつあります。
 主に飛沫感染で広がる。感染は容易に広がりやすい。若い人たちの多くは軽症で済むが、高齢者と持病を持つ人が感染すると死亡率が高く、ベッドや人工呼吸器を長期にわたり占有し医療の逼迫を招きやすい。今後は、高齢者と持病のある人たちに感染が広がらないように、医療機関・介護施設への重点的な感染防止策が必須。介護施設への感染は、家族からより、多くの場合スタッフ経由。スタッフは介護で身体的な接触をせざるを得ず、だからといって、医療・介護関係者のみ、延々と私生活も厳しい制限を続けるのは、すでに心も体も限界です。感染防止策としても、当事者の安心のためにも、ここの関わる人たちが、必要なときに何度でもPCR検査に負担なくアクセスできるようにするのは最優先事項なのです。

イタリアで死亡した医師の多くが開業医

 さて、この10月からコロナが疑われる発熱患者は、保健所への相談ではなく、かかりつけ医がまず診ることになりました。市中への感染の広がりを最初にキャッチするのも、開業医の役割となります。まあ、以前からそうでしたが、その役目からはっきりと保健所が外されましたので、これで保健所の負担が減るのはいいことです。コロナ診療の最前線が開業医になるのはどこの国も一緒で、当然感染のリスクに晒されます。当初感染爆発したイタリアでも、医師が150人以上亡くなっていますが多くは開業医でした。ということは、介護関係者と同じように開業医とスタッフに対しても検査体制やサポート体制を充実させておかなければならないわけです。

 ところが、この前線のバックアップ体制が未だに全く不十分です。
まず、診療所は一人開業医が多い。つまり朝起きて、少々体調不良であっても、急に変わりは見つかりません。今まででしたら、多少体調が悪くても診療を続けてしまっていたかもしれません。ですが日々多くの患者と接している医師にとって、軽い風邪症状でも、今はコロナの感染を否定できないのです。疑いがあれば、当然PCRや抗原検査となります。患者さんにはすぐ出来るようになってきた検査ですが、多くの開業医が加入している医師国保では、自院での自分やスタッフに対する保険診療は認められておりません。つまり、勤務医と違って多くの開業医は今でも自分で自分のPCR検査が出来ないのです。

 この問題は、開業医にとってはとても大きいので、いろんな経由で、各方面に自院でのコロナの検査を保険診療で認めて欲しいと訴えてみました。

その結果、9月28日に厚労省の新型コロナウイルスに関するQ&A(医療機関・検査機関の方向け)が出されました。

● 問31 診療所の医師が自院のスタッフに対して、PCR等検査を行った場合は、自家診療(保険請求の制限対象)となり検査費用は全額自己負担となるのでしょうか。

【自家診療について】
医師が、医師の家族や従業員に対し診察し治療を行うことを「自家診療」といいます。
自家診療については、加入する医療保険制度の保険者により取扱が異なりますが、例えば、医師国保組合では、組合の規約等において自主的に、自家診療による保険請求の一部又は全部を制限することを定めております。

【行政検査について】
公費負担の対象となる検査は、感染症法に基づき、感染症のまん延防止の観点から都道府県等により実施される検査(行政検査)で、
I 逸都道府県等の判断により行われる検査
II医師の判断により診療の一環として行われる検査があります。

都道府県等が行政検査として医療機関と委託契約を結ぶことにより保険適用として実施することが可能で、契約締結前に実施された検査についても、後に適切に契約が締結されれば、遡って行政検査として取り扱うこととしています。
お尋ねのありました、行政検査委託における自院のスタッフに対するPCR等検査の費用の取扱いについては、

1.保険者による全部制限があり、保険請求が不可とされているもの(全部制限の自家診療)については、上記?の場合には、行政検査(公費負担の対象)となるものと考えます。
2.保険者による一部制限がある場合の自家診療については、保険者が示す条件を満たす場合には、上記?及び?いずれの場合にも行政検査(公費負担の対象)となるものと考えます。
(
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00004.html?fbclid=IwAR27QozvjAOeyarn5CW0J4stQHekQzycCIUeUcUp2J-M9GqTlh_owB7fxn4#Q31)

 要は、自治体や、医師国保側が認めれば、行政検査として、自院でのPCR検査を受けられるような書きぶりです。まるで他人事です。それではということで、地域の保健所に問い合わせてみました。

 結論から言うと、診療所の医師が自身の判断で自分達のPCR検査を必要と判断しても、行政検査として認めることはないでしょう、とのことでした。厚労省の医系技官も保健所長も「具合が悪いなら休むべきだ。そして地域のPCR検査センターに行きなさい」と言うのです。

あらゆる問題を積み残してコロナ問題は冬に突入

 一見もっとものように思えますが、こうしてしまったことで、間違いなく医療者の感染は水面下に潜っていくでしょう。

 まず一つは、このウイルスはとても厄介で、ちょっと喉が痛いくらいでも感染していることは十分考えられるのです。インフルエンザのように、スパッと熱が出るわけではありません。アメリカのアウトブレイクでは、95%無症候性だったそうです(1)し、イギリスの高齢者施設での検査でもなんと陽性者の80%は無症状でした(2)。

 私たち開業医も感染対策はしっかり取っていても、ちょっと喉が痛いとか、なんだか今日はだるいなと思うことくらい当たり前にあります。はっきりした熱があるならまだしも、多少のことで、いちいち休診にはできません。だからこそ、自院で検査が何度でもでき、短時間で結果がわかる体制が必要なのです。介護施設のスタッフと一緒です。「具合が悪いなら休むべきだ」という役所の言い分は正論ではありますが、このウイルスの特徴と現場感覚がわかっていないとしか言いようがありません。

 もう一つ、この数ヶ月現場の医療者を悩ましたものの一つが、感染者が出ると、自治体が医療機関名等を公表してしまうということです。

 これは是非止めていただきたいです。医療者が感染した場合、感染対策に漏れがあれば改善させる必要がありますが、ウイルスは対策を取っていても感染を防げないことも十分あり得ます。

 では何のために公表するのでしょうか? 感染した罰でしょうか? 医療者が接触した人がわからず、一般に呼びかけることはまずありません。感染が明らかになった時、医療機関や医師個人名を公表するなら、医療者が積極的にPCR等の検査を受けなくなります。本来なら医療者がコロナに感染した可能性があるなら、とにかくすぐに検査を受ける必要があります。それには自院でのPCR検査が一番簡便です。地域のPCR検査センターに行って噂になるストレスもありません。地域のPCR検査センターのキャパは当地だと1日70人程度ですが、流行期にはそれでは足りなくなります。自院での検査なら、センターがキャパオーバーで検査出来ないことにも対応出来ます。でもこれだけ感染した医療者が叩かれていると、私達は、ウイルスの感染よりバッシングの方が怖いのです。もうすでに多少心配であっても検査せずに済ましている、つまり感染は水面下に隠れてしまっているかもしれません。

 何故って、検査して陽性なら公表します、バッシングはあるでしょうね、時には倒産するかもしれません、ついでに自院でやるなら自費ですよ、って言われて誰が検査するのでしょうか。

 実は筆者も一度自院で唾液によるPCR検査を受け、数日お休みしたことがあります。東京出張後発熱した人のくしゃみを思いがけず浴びてしまったのです。その後、私も微熱が出ました。週末でしたので、早くに覚悟を決めて、とりあえず代診のドクターを探しまくり、なんとか手配できて診療継続については事なきを得ました。医師になって30年以上経ちますが、体調不良(といってもほぼ症状はありません)で仕事を休んだのは今回が初めてです。休まざるを得なかったのは、やはりそれは相手がコロナだからです。

 結果が陰性であっても(陰性でした)偽陰性はあり得ます(それでもものすごくホッとしました)。でも1~2週間なんてとても休めません。その間代診のドクターを見つけることもほぼ不可能です。

 医療を回していくことと感染リスクとのバランスは、このウイルスの場合とても判断も難しく、とにかくこうすれば正解、というのはないのです。その時の不安、検査結果が出るまでのストレス、人の手配、人件費、とにかく全て非常に大変でした。加えて、自院で民間の検査会社で検査してもらうと公費にはならないのでPCR検査の費用は1万数千円かかりました。これをまた繰り返すのだけは避けたいと言うのが本音です。

 コロナとの戦いが始めって9ヶ月目に入りました。病院でコロナの対応をされている勤務医の先生方とは比べものにならないかもしれませんが、流石に心身の不調を感じることが多くなりました。開業医は、感染のリスクの他に、深刻な経営問題を抱えているところも多く、さらに自分が体調不良の時の代診や(継続加療の患者に対してはナースによる臨時処方を認めてくれれば混乱は最低限で済むのですけどね。日本ではなぜ認められないのでしょう。)、スタッフの体調不良時の代わりも得にくいため、日々神経をすり減らしています。そしてたくさんの問題点を積み残したまま、冬に突入します。

 PCR検査の論争がよく取り上げられますが、現実には、診療所や介護施設では、必要なときに公費で迅速に検査を受けられる体制にさえ、まだなっていないのです。

 国は「発熱患者は診療所で診なさい」と言う前に、医療・介護の現場に必要な手当を早急にお願いします。

参考
(1)マスクが新型コロナの重症化を防ぐ、という仮説 忽那賢志
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200920-00197964/?fbclid=IwAR2Rc9dy3up3BFQ8u-AUEbByUNnW1Yh9Z9w7L_lWLROZKSOM0Z_2vL0Apuk
(2)高齢者施設でのコロナ集団感染を防ぐには 高山義浩
https://news.yahoo.co.jp/byline/takayamayoshihiro/20201007-00201867/?fbclid=IwAR3kNP6aq1hDtoVAq3FCtJxzIurCslwW-nAApSSKI79WKasONqbE_jsiDe8
(文=坂根みち子)

坂根みち子(さかね・みちこ)
坂根Mクリニック院長。筑波大学医学専門学群 筑波大学大学院博士課程卒業。
筑波大学附属病院、筑波記念病院、きぬ医師会病院、茨城西南医療センター病院、筑波学園病院、流山総合病院、総合守谷第一病院、おおたかの森病院などを経て現職。
日本体育協会公認スポーツドクター、認定内科医、循環器専門医

※医療バナンス学会発行「MRIC」2020年10月15日より転載(http://medg.jp/mt/)


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