「認知症予防」のカギは「深睡眠」?
――なぜ人は眠るのか?
佐藤教授 睡眠中に脳内の老廃物が排出されるなど、いくつかの機能は判明してきたが、よくわかっていないことがたくさんある。
眠りの目的としてよく言われるのは「脳の休息」だが、実は眠っている間も脳は大半の時間、エネルギー消費量を落とすことなく活発に働いている。現在のところわかっているのは、記憶の整理と定着、脳に溜まった老廃物の排出などが行われているということだ。
脳の毛細血管はほかの血管と大きく異なって密着性が強いため、動脈で搬送されても脳内へ入ることができない物質も多く、逆に血液中に流出することが阻止されている脳内産生物質も多い。このシステムを血液脳関門という。
アルツハイマー型認知症の原因のひとつとされているアミロイドベータというたんぱく質(老廃物)は、血液脳関門を通過できない。そのためアミロイドベータは、排出されないと脳内に少しずつ蓄積していき、およそ20年という長い時間をかけてアルツハイマー型認知症を発症するとされる。
特に老廃物の排出は大切で、このアミロイドベータが、睡眠中に脳脊髄液中に排出されることが近年明らかになった。
脳を健康な状態に保つために睡眠は不可欠といえるが、しかしこれだけでは、「なぜ睡眠が必要か?」という理由として十分ではないといえる。「なぜ人は眠るのか」という遠大なテーマの解明は、今後の研究に委ねられる。
――良い睡眠とはなんでしょうか。
佐藤教授 これもはっきりとした定義はなく、よくわかってないが、「量」と「質」のバランスが大切ということは言える。
「量」については、これまで行われた疫学調査によって6〜8時間程度眠る人の集団で、高血圧や糖尿病、肥満などの病気の発症率がもっとも低くなることが示されている。また、睡眠時間が短い人はメンタルヘルスの状態が悪く、逆にメンタルヘルスの状態が悪いとなかなか眠れないというように、睡眠時間とさまざまな疾患は相互に関係している。
よく「自分はショートスリーパーだから、あまり眠らなくても大丈夫」と豪語する人がいるが、実際にショートスリーパーだと確認できるのは100人のうち1人いるかいないかの割合。
平日は4時間程度の睡眠で十分だが、週末に長時間眠っているという人も少なくない。これはショートスリーパーとは言わない。平日の「睡眠負債」を休日に返済しているにすぎない。睡眠は貯蓄する(寝だめする)ことはできないので、平日もなるべく眠る時間は削らずに確保してほしい。
「質」については、先ほども少し述べたが、「深睡眠」(徐波睡眠)を確保することがカギになる。ノンレム睡眠(特に深睡眠)は、コンピュータでたとえるとデフラグを行っている状態だというとわかりやすいかもしれない。シナプス(ニューロンとニューロンの接合部)の再統合を行っている。
しかし、どうしたら深睡眠を得られるかもわかっていない。ちまたに溢れる「良い睡眠が得られる方法」などは、エビデンスがないものが少なくなく、「こうすれば良い睡眠が得られる」と断言できるものはない。
それでも2つ挙げるとすれば、「生活のリズムや食生活を整えること」「寝室の環境を整えること」が、睡眠の質を上げることにつながるということだ。
「寝室の環境を整えること」については、脳は寝ていても聴覚・視覚中枢は働いているので、刺激しないように寝室を暗くする、静かにする、湿度・温度を快適にするという要素を見直してみてほしい。自分が心地よいと感じる環境をいろいろと試しながら探ってみることが重要だ。
後編では、睡眠障害などついて紹介する。
(取材・文=渡邉由希/医療ライター)
佐藤誠(さとう・まこと)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構教授。
1982年 新潟大学医学部卒業後、新潟市民病院で初期研修。1985年より新潟大学医学部内科学第二講座医員、1987年より東北大学医学部内科学第一講座国内留学、1989年より新潟大学内科学第二講座医員、1996年より米国ウィスコンシン州立大学マディソン校留学、2001年より上越教育大学生活健康系講座教授・保健管理センター所長、2005年より筑波大学人間総合科学研究科、2015年より現職。