モルタル、乾いたチーズのような……(グロテスクな画像が含まれます。ご注意ください)
55歳の女性の例を見てみよう。彼女に喫煙歴はない。検診で「右肺の肺尖部に2cmの大きさの円形病変(コイン形の病巣)」を指摘されたため、来院した。
発熱や胸痛などの自覚症状は特にない。T-SPOT検査とよばれる結核菌に対する血液検査が陽性だった。たんと胃液の結核菌検査は陰性だった。肺がんとの鑑別診断のため、胸腔鏡下手術が行われ、右肺上葉が切除された。胸膜は軽度に癒着していた。
ホルマリン固定後の肉眼割面像(左)と顕微鏡写真(右)を示そう。胸膜直下の円形病変は、黄色味を帯びた灰白色をしている。境界は比較的明瞭だ。肺腺がんに特徴的な胸膜のひきつれはない。
肉眼的に《モルタル:セメントと砂と水を混ぜた建築用材》あるいは《乾いたチーズ》のような壊死巣、すなわち「乾酪壊死」が結核病変の特徴である。
結節性病変の中に、炭粉沈着によって黒くみえる気管支構造が残っているのが結核病変の特徴である。肺がんでは、気管支などの正常の組織構築は破壊されてしまう。
結核性病変を顕微鏡でみると、結核菌に対する免疫反応のようすがわかる。図説明に示すように、「ラングハンス型巨細胞(Langhans型巨細胞)」を伴う「類上皮細胞肉芽腫」と「乾酪壊死」が顕微鏡的な特徴である。
結核菌に対して、類上皮細胞(活性化されたマクロファージ)とリンパ球が反応して戦っている姿である。エイズでは、リンパ球の働きが悪くなるために、結核菌に感染しやすくなる。
結核菌は医療者に由々しきバイオハザード(生物学的危険)を提供する。つまり、一生懸命に診療すればするほど、結核菌に空気感染しやすくなる。結核菌感染防止の目的で特殊なマスクをつけるのだが、いつもいつも着けているわけにはいかない。
しばらく診療を続けたあとに結核だとわかることが多いのも悩みの種だ。気管支鏡検査や手術をする臨床医のみならず、細胞診検査や病理解剖をする病理医にも、結核は手強い相手だ。そう、肺結核は現在も、病理医と病理検査技師の由々しき職業病である。
結核を患った有名人は明治から昭和初期の時代にかけて多かった。少しあげてみよう。
高杉晋作、沖田総司、木戸孝允、新島襄、陸奥宗光、小村寿太郎、秩父宮雍仁(やすひと)親王、樋口一葉、正岡子規、堀辰雄、石川啄木、宮沢賢治、国木田独歩、長塚節、滝廉太郎、竹久夢二、遠藤周作、吉村昭、安岡章太郎……。
石川啄木の悲しい短歌を3編紹介しよう。
「年ごとに肺病やみの殖えてゆく 村に迎へし若き医者かな」
「呼吸(いき)すれば胸の中(うち)にて鳴る音あり こがらしよりもさびしきその音」
「薬のむことを忘るるを それとなくたのしみに思ふ長病かな」
(文=堤寛)