世界初の両手移植に成功したzion君
米フィラデルフィア小児病院(CHOP)のWilliam Gaetz氏らの研究グループは、2年前に8歳で小児では世界初となる両手の移植手術を受けた男児(10歳)Zion君の「脳地図」が移植後、元に戻りつつあるとする論文を『Annals of Clinical and Translational Neurology』12月6日オンライン版に発表した。
論文の筆頭著者であるCHOPのGaetz氏によると、身体はあらゆる部位において、感覚刺激を受けると、その部位に応じた脳領域に信号を送る。脳内には、身体の各部位の感覚刺激を知覚する機能局在(脳地図)が存在する。
奇跡の機能回復!「脳地図」も劇的に変化!
手を切断した成人患者やヒト以外の霊長類の脳画像を用いた研究では、手からの信号入力が途絶えると脳地図が再構築されることが示されていた。このような脳地図の変化は「大脳皮質再構築(massive cortical reorganization;MCR)」と呼ばれている。
Gaetz氏らはZion君に対し、唇や指に与えた刺激に対して反応する脳領域や反応の強さ、タイミングなどを調べるために脳内の磁場を測定する脳磁図(MEG)検査を複数回にわたって実施し、脳地図の変化を観察してきた。
その結果、両手を切断した後、唇の感覚に対応する脳領域が以前は手の感覚に対応していた領域の位置まで2cm移動するなどの脳地図の再構築(MCR)が起こっていることが世界で初めて確認された。
Gaetz氏らは、2年前に移植されたZion君の両手が機能し始め、移植後のMEG検査では脳地図が正常化しつつある事実に驚きを隠せない。
「Zion君の例では、脳地図の再構築のプロセスは可逆的である事実が確かめられた。ただ、感覚の信号が脳の正しい領域に届いているが、体性感覚のネットワークにまだ完全に統合されてはいない」と説明している。
Zion君の両手移植手術を率いたCHOPのLawrence Scott Levin氏は、「Zion君は数多くの“世界初”を成し遂げた子どもだ。われわれ医療チームにとっても、Zion君自身にとっても大きな意義がある」と話す。Zion君は現在、一人で着替えたり食事を取ったりすることができ、字も書けるまで回復している。
Gaetz氏は「今回の結果から、小児の脳の柔軟性について、期待とともに新たな疑問も浮かび上がってきた」と指摘する。疑問とは何だろう。
たとえば、手の移植に最適な年齢は何歳なのか、手を切断すると誰にでも脳地図の再構築が起こるのか、生まれつき手がない場合の脳地図はどうなっているのかなどだ。この疑問へ答えを究明する新たな研究もスタートしそうだ。