1989年11月6日、松田優作は膀胱がんの腰部転移のため落命。享年40(写真は『探偵物語 DVD Collection』より)
「人間は二度死ぬ。肉体が滅びた時と、みんなに忘れ去られた時だ」――。野獣のような体臭、命を切り刻むような哀感。「なんじゃこりゃぁ!?」。あの時代に飢え切った肉声を撒き散らしながら、ほくそ笑んで旅立った孤高の男・松田優作。その後ろ姿を見失った世代は忘れがたい。
1989(平成元)年11月6日午後6時45分、松田優作は、入院中の武蔵野陽和会病院(東京都武蔵野市)で膀胱がんの腰部転移のため落命。享年40。
東京・三鷹の霊泉斎場で営まれた通夜には800人以上が参列。11月8日、葬儀・告別式が行われる。祭壇に、はにかんだ遺影。天真院釋優道(てんしんいんしゃくゆうどう)。戒名も情念を貫いた生き様を物語るかのように背筋を伸ばして立つ。遺影をじっと見つめる3人の幼子たち(龍平:6歳、翔太:4歳、ユウキ:2歳)。弔問者を気丈にもてなす妻・美由紀の健気な立ち居が涙を誘う。
延命治療を拒み映画『ブラック・レイン』で念願のハリウッド・デビュー
松田は、急死の前年の9月27日、尿に血が混じり、激痛を感じて検査入院。2年前に発覚した膀胱がんの摘出に成功していたものの再発。診察した医師は、その場でがんを告知したが、松田は妻に隠し続ける。妻は知りつつも、さりげなく振る舞う。その2ヵ月後の11月、松田は、深作欣二監督の時代映画『華の乱』で吉永小百合と共演。尿が出ない腹部痛に悩まされる。
その直後、アメリカ映画『ブラック・レイン』で念願のハリウッド・デビュー。膀胱がんを自覚するが、延命治療を拒み出演。近親者で、がんを知っていたのは俳優・安岡力也だけという。
こんなエピソードがある――。同僚の刑事チャーリー(アンディ・ガルシア)が佐藤(松田)に殺されるシーン。主演のマイケル・ダグラスが「チャーリー! 逃げろ!」と叫ぶべきなのに、「アンディ! 逃げろ!」とガルシアの本名を思わず叫びNGに。松田の迫真の演技を目の当たりにしたダグラスが「アンディが本当に殺される」と錯覚したらしい。
映画出演で親交を深めたダグラスもガルシアも、松田の急死を深く惜しんでいる。『ブラック・レイン』の松田の好演は、アメリカでも大きな波紋を呼ぶ。公開後、松田の次回作に、ロバート・デ・ニーロ出演、ショーン・コネリー監督作品のオファーが来ていたからだ。
松田の所属事務所の黒沢満社長によれば、松田は、急死までの1年間、「前向き」という言葉をよく使い、家族にも同僚にも無用な心労をかけまいと必死になっている。しかし、「前向き」に命を賭けた松田の炎のように熱い肉体は、無残にも時間を刻んでいた。
膀胱がんの90%以上は尿路の粘膜にできる「尿路上皮がん」
松田の急逝をもたらした膀胱がんは、どのような難病か? 膀胱がん(Bladder cancer)は、膀胱に発症する「上皮性悪性腫瘍」だ。
膀胱は骨盤内にあり、腎臓でつくられた尿を腎盂(じんう)、尿管を経由して運び、一時的に貯留する役割がある。膀胱は、尿が漏れ出ないように一時的にためる蓄尿機能と、ある程度の尿がたまると尿意を感じて尿を排出する排尿機能がある。膀胱、腎盂、尿管、尿道の内側は、尿路上皮という粘膜で覆われている。
「膀胱がん」は、尿路上皮ががん化して発症する。その90%以上は、「尿路上皮がん」だが、まれに「扁平上皮がん」や「腺がん」もある。そして、画像診断やTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術) による確定診断によって「筋層非浸潤性がん」「筋層浸潤性がん」「転移性がん」に分かれる。
「筋層非浸潤性がん」は、膀胱筋層に浸潤していないがんで、「表在性がん」と「上皮内がん」がある。「表在性がん」は、カリフラワーやイソギンチャクのように表面がぶつぶつと隆起し、膀胱の内腔に向かって突出していることから、乳頭状がんと呼ばれる。「表在性がん」は、浸潤しないが、放置すれば、進行して浸潤がんや転移がんに進行する場合がある。「上皮内がん」は、膀胱の内腔に突出せず、粘膜(上皮)だけががん化した状態のがんだ。
一方、「筋層浸潤性がん」は、膀胱の筋層に浸潤したがんで、膀胱壁を貫き、壁外の組織へ浸潤したり、リンパ節や肺や骨に転移を招くリスクがある。
「転移性がん」は、原発巣の膀胱がんが、他の臓器に転移したがん。転移しやすい臓器は、リンパ節、肺、骨、肝臓などだ。