シリーズ「あの人はなぜ死に急いだのか?スターたちの死の真相!」第2回

美空ひばり52歳の生涯〜死因は特発性間質性肺炎による呼吸不全

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ひばり52歳、その無念の死を招いた「特発性間質性肺炎」の恐怖

 「麦畑 ひばりが一羽 飛び立ちて… その鳥撃つなよ!私自身の命ですから、私の中に一つでも悩みを引きずって歩んでいく訳には参りませんので、後悔のないように完璧に人生のこの道を歩みたいと願っているこの頃です」――。

 この弱々しい肉声テープを病室から録音したが、生涯最後のメッセージとなる。録音2日後の5月29日、病室で52歳の誕生日を祝う。しかし、約2週間後の6月13日に呼吸困難の重体に陥り、人工呼吸器を装着。順天堂病院の医師団に対して「よろしくお願いします。頑張ります」と告げる。和也が「おふくろ、頑張れよ」と声を掛けると、両目に涙を浮かべるが、奇跡は起きなかった。

 「歌っている限りは、ファンのみなさんに喜んで頂ける、安心して歌を聞いて頂ける、そんな状態を長く保っていきたい!こう、願っております」

 ひばりを死に追いやった特発性間質性肺炎とは何か? 特発性間質性肺炎は、原因不明(特発性)の間質性(肺胞隔壁に広範囲に及ぶびまん性)の炎症が起きる肺炎(特定疾患)だ。代表的な疾患は特発性肺線維症、サルコイドーシス、関節リウマチなどの膠原病 、 過敏性肺炎、じん肺、 薬剤性肺炎、マイコプラズマ肺炎、クラミジア・ニューモニエ肺炎、ニューモシスチス肺炎、サイトメガロウイルス肺炎などの感染症などがある。

 特発性肺線維症は、慢性的に肺の線維化が進み、中高年以降に呼吸困難や乾いた咳で発症し、ゆっくり進行。およそ4~5年で呼吸不全が現れ、死亡に至る頻度が高くなる。肺がんを合併することも多い。治療に特効薬はなく、プレドニゾロンなどのステロイド薬などを処方するが、ひばりは、肝硬変を併発していたので、どのような治療が行われたのか判然としない。また、治療を行っても、5年生存率は約36%、10年生存率は約20%といわれる難病のため、ひばりが苦闘していたのは疑う余地がない。

 美空ひばり(加藤 和枝)。1937(昭和12)年5月29日、神奈川県横浜市磯子区滝頭に出生。天才少女歌手と騒がれて12歳でデビュー。「昭和歌謡界の女王」と称えられ、女性初の国民栄誉賞を受賞。愛称は御嬢(おじょう)。身長147cm。通算レコーディング曲数1,500曲、オリジナル楽曲517曲、レコード累計売上8000万。戒名は慈唱院美空日和清大姉。墓所は横浜市港南区の横浜市営日野公園墓地にある。

 春夏秋冬、どこかの空で囀る雲雀のように、ひばりも、「川の流れのように」を歌っているのだろうか。黄昏に染まる空を見つめながら、おだやかに身を任せながら、青いせせらぎを聞きながら。
(文=佐藤博)

参考:美空ひばり公式ウェブサイト


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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