日本には関係ないことのように思われた<格差社会>。だが、いつのまにか日本も「子ども(0~17歳)の6人に1人が貧困状況にある」という社会へと変貌し、格差は拡大する様相を見せている。
日本の数十年先を行く未来の社会モデルとして比較されるアメリカでは、中産階級が失われて二極化が進展した結果、「米国を再び偉大に」と訴えたドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ合衆国大統に就任する。
新大統領の大きな支持層となったのは、生活不安を抱える白人労働者だ。ある日、職を失い、住む家を失う危機は誰にでも起こり得るのだ。ある統計によれば、米国の「貧困層」は4600万人にも及ぶという。
さらに4600万人の背後に多くの「予備軍」が控えている。米国政調査局が2011年11月に明らかにした「新貧困算定基準」に基づくと、米国民の3人に1人が貧困、あるいは貧困予備軍に入る計算になるという。
事実、米ニューヨークでは貧困層やホームレスが増加。ニューヨークのホームレスは約6万人と見積もられており、この数は1930年以来、最大だという。アメリカの貧困・ホームレスの問題に取り組んでいる組織の報告には、アメリカでは年間約300万人がホームレスの経験者となっているというものもある。
一見勝ち組に見えるナイスミドルが帰るのは<ビルの屋上>
そんなニューヨークで住居を持たず、マンハッタンのビルの屋上で6年間も寝泊りしながら、フォトグラファーとモデル業を行っているマーク・レイを追ったドキュメンタリーが『ホームレス ニューヨークと寝た男』だ。
2014年にアメリカで公開されるや否や、独創性あふれる<家なし>のライフスタイルは大きな反響を呼び、米ニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭2014では、優れたドキュメンタリー作品に与えられるメトロポリス・コンペティション審査員賞を獲得した。
若い頃からモデルとして活動してきたマークは、50代だが長身でルックスがよく、チャーミングなキャラクターで人を惹きつける魅力に溢れている。デザイナーズスーツを身にまとい、高級な革靴をはき、まるで大金持ちのようにマンハッタンを闊歩する。
見るからに恵まれていて、一流のファッション業界や映画の世界で働く裕福に見えるマークだが、夜中に帰り着くのはアメリカン・ドリームが悪夢に変わった場所なのだ。
成功したナイスミドルにしか見えない彼が帰る場所は、友人が住む部屋があるビルの屋上。ヨーロッパで数年過ごした後、6年前にニューヨークに戻って来た彼は、とある事情からビルの屋上で一夜を明かすことになり、それ以来、<屋上生活>を続けている。
マークにはそれなりに仕事がある。街を歩くモデルやファッショニスタたちのスナップ写真を撮るストリート・フォトグラファーであり、映画のエキストラとしても活動している。
時には、友人たちと洒落たレストランで食事をとるくらいの余裕はある。だが、マンハッタンに部屋を借りたり、家を持とうとは思わない。
そんなマークにニューヨークで久しぶりに再会した、元モデル仲間である本作の監督トーマス・ヴィルテンゾーンは、彼の<秘密の生活>を知り驚愕したという。そして、<世界一スタイリッシュなホームレス>に3年間密着して、そのユニークなライフスタイルに迫った。
マークは、ジムのロッカー4つ分に入る荷物しか持たない。身だしなみは、完璧な肉体を維持するためにエクササイズに励むジムや公衆トイレで調える。ある種<究極のミニマリスト>、いや、<究極の断捨離>か……。