美容にも効果があるとされているが、、、(shutterstock.com)
リオ五輪の200メートル個人メドレーで四連覇という偉業を成し遂げたアメリカの競泳男子のマイケル・フェルプス選手。彼の右肩には大きな紫色のアザのような痕跡があった。これは、「カッピング(吸い玉)療法」と呼ばれる古代中国の医術の痕跡だ。彼に限らず、今回のリオ五輪では、カッピング体のあちこちに紫色の円いあざのある選手を見て驚いた人も多いだろう。
カッピングは、スポーツ選手だけでなく広く一般にも普及している民間療法だ。丸いガラスの容器にアルコール類を入れて火を付け、その丸い口を治療をほどこす部位の肌に押しつける。すると、圧力の変化によって、その部分の皮膚下にある血流の流れを変える。鬱血状態にして、体の疲労回復を促すとされているのだ。そして、身体のどの部位であっても強く吸引すれば、微小血管が破れるため紫色のあざができる。
「この3年ほどでアメリカでもカッピングへの関心が高まっている」と話すのはニューヨークのマウント・サイナイ病院の統合疼痛管理部のヒューマン・ダニッシュ氏だ。著名人が肌を露出する服を着ていても、そのカッピングの痕跡であるアザを隠さなくなった。著名人が、その効果をビジュアルで見せ、「疲労がとれた」とコメントすれば、一般の関心は高まるのは当然だ。「昔からある医術だが、これほどの関心を集めたことはこれまでなかった」という。
ただし、このカッピングには本当に医学的な効果があるのか? アメリカの医学界でも意見が分かれている。
局所的な損傷が全身状態を向上させデータはない
カッピングによって痛みが軽減し、治癒が促進され、柔軟性が向上する機序については、東洋医学と西洋医学の両面から説明がなされている。東洋医学では、カッピングによって全身を巡る生命力である「気」の流れが改善されると考えられ、一方、西洋医学では、カッピングによって組織が損傷されたり締めつけられたりすると、その修復のために血流が増大し、酸素供給も向上するため、健康効果が得られるとされている。
また、カッピングはマッサージと同じように筋肉をほぐし、関節可動域を改善させる可能性もあるという。複数の小規模研究で、カッピングによって治療部位の抗酸化物質と抗炎症物質が増加し、抗炎症効果が得られることも示されている。
これに異議を唱える専門家もいる。ニューヨークのレノックス・ヒル病院の救急医であるロバート・グラッター氏は「局所的な組織の損傷が、全身状態を向上させるという考えを裏付けるデータはない」と主張している。他の専門家も、カッピングの有用性を示す大規模研究や臨床試験がないこと、アスリートのパフォーマンスの向上を裏付ける研究が実施されていないことを指摘している。
もちろんすべての治療方法に医学的なエビデンス(根拠)が求められるわけではない。医学的なエビデンスが確立していないけれども、経験的に効果があることは臨床で実施されているからだ。それを裏付けるように、先述のマウント・サイナイ病院などでも、カッピングは治療法として採用されている。