自閉症患者、知的障害者、脳損傷患者に多いサヴァン症候群
ジョーンズの初出走から悠々130年。米国ウィスコンシン州の精神科医ダロルド・A・トレファート博士などの熱心な研究者らが、サヴァン患者を綿密に観察しながら神経心理学的な実証研究に心血を注いでききた。
しかし、発症の原因や機序が解明される見込みはまずない。なぜなら、どのサヴァン患者も「なぜできるのか」をまったく説明できないからだ。
サヴァン症候群は、病態の正体が掴めないものの、脳の欠損や障害によって発症する可能性が高く、自閉症患者、知的障害者、脳損傷患者との関連性が強い。自閉症患者の10人に1人、知的障害者と脳損傷患者の2000人に1人がかかる事実は分かっている。発症率は自閉症と同様、男性が女性の数倍高い。
そのメカニズムを紐解いてみると――。脳の左半球にある左脳は「思考・論理」を司り、「言語」や「文字」を認識する。右半球にある右脳は「知覚・感性」を司り、「イメージ」を認識する。そして、左脳に損傷が生じれば、右脳が欠損した機能を補充する。脳はバランスよく発達しよう働くため、芸術的な才能が覚醒したり、カメラのように記憶するイメージ認識力が強化される可能性がある。それがサヴァン症候群を生じさせる脳のメカニズムだと考えられている。
その症例を見てみると――。ダスティン・ホフマンがサヴァン症候群の兄を演じた映画『レインマン』(1988年/バリー・レヴィンソン監督)のモデルとなった記憶の天才キム・ピークは、生まれつき右脳と左脳をつなぐ脳梁が欠損したため、シャツのボタンを止められず、常に父親の介護に頼っていた。また、世界的な動物彫刻家で知られるアロンゾ・クレモンズは、IQは40~50程度だが、靴紐を結べず、一人で食事ができなかった。さらに、驚異的な速算力を示したジョゼフ・サリヴァンは、知的障害や社会性が欠けるコミュニケーション障害などの発達障害の症状を示した。
だが、サヴァン症候群は、先天的な脳の障害だけで発症するわけではない。事故などで脳に損傷を受けた後に鬼才が閃く場合もある。
たとえば、31歳の時に強盗に襲われ、頭部を激しく殴打したジェイソン・パジェットは、脳震盪から回復後、コンピュータでしか描けないフラクタル図形が見えた。脳出血で前頭野を損傷したトミー・マクビューは、詩や絵画に輝かしい冴えを示した。プールで脳震盪を起こし、片耳の聴覚を失ったデレク・アマートは、ピアノを演奏しながら作曲できるようになった。アメリカでは、認知症患者にサヴァン症候群の症状が現れた患者も少なくない。
サヴァン症候群の研究家シドニー大学のアラン・スナイダー博士によれば、サヴァン症候群の特異な才能は、あらゆる人のなかに眠っている潜在的な認知力なので、脳に一定の電気ショックを与えると、深い潜在能力を呼び覚ますと語っている。
今回、サヴァン症候群にまつわる奇譚を長々と語ってきたが、アメリカでは障害ではなく個性と捉えられている。ギフテッド(神様から特別な能力を賦与された人)と認識されているので、様々な支援プログラムが実践されている。サヴァン症候群という名の奇跡のジーニアス。なぜ生まれるのか? それは神のみぞ知る。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。