米国では前立腺がんのスクリーニング検査が減少 tashatuvango/PIXTA(ピクスタ)
米国では、前立腺がんのスクリーニング検査を受ける男性が減少している。「米国予防医療作業部会(USPSTF)」が、「便益よりも害のほうが大きい」と結論づけたことが影響している。スクリーング検査とは、簡単に実施できる自覚症状のない病気や異常を識別するものだ。
今年5月、米ニューオーリンズで開催された「米国泌尿器科学会(AUA)年次集会」では、スクリーニング検査の受診が減っていることを明らかにした研究①、さらにプライマリケア医がこの決定を広く受け入れているという、研究②も発表された。
研究①では、USPSTFの勧告後、米オレゴン健康科学大学(OHSU)が運営するクリニックで、前立腺がんのマーカーとなる「前立腺特異抗原(PSA)」の血液検査の受診率が50%低下したことが示された。
研究の筆頭著者でOHSUの泌尿器外科医であるRyan Werntz氏らは、この勧告によってスクリーニングのパターンが変化し、前立腺がんで死亡する男性が増加するおそれがあると指摘した。
一方、「米国がん協会(ACS)」のOtis Brawley氏は、「検査によるデメリットを考慮し、十分に検討したうえでスクリーニングが実施されるようになったことは好ましい傾向だ」と述べている。
USPSTFは2012年5月、PSA検査を用いた前立腺がんのスクリーニングを勧めないとする最終勧告を発行した。これは、前立腺がんによる死亡リスクの低さに対して、治療によって生じる射精不全や失禁は、患者のQOL(生活の質)を大きく損なう可能性があると結論づけたことによる。
この勧告を受け、OHSUのクリニックでは40歳以上のPSA検査受診率が14%から7%に減少。スクリーニングによる便益が最も大きいと思われる50~70代では、19%から8%へと最も大幅に減少した(56%減)。40代と70歳以上では有意な変化はなかった。
研究②では、激しい論争とは裏腹に、マサチューセッツの多くの医師がこの勧告を支持していることがわかった。研究の筆頭著者で米マサチューセッツ大学医学部准教授のJennifer Yates氏によると、調査対象の医師73人のうち約8割が「ルーチンのPSA検査は患者への便益よりも害のほうが大きい」と考えている。さらに約3人に1人が「PSA検査で前立腺がんによる死亡率が低下することはない」と回答した。
調査ではさらに、USPSTFの勧告について誤解があり、多くの人が直腸診も実施すべきではないと解釈していることが判明した。
USPSTFによる勧告は、AUAおよびACSが発行するガイドラインよりもさらに踏み込んだものだとYates 氏は述べ、特定患者に標的を絞った選択的なスクリーニングの実施が必要だと指摘している。
"死なない"がんをどんどん見つけている
血清PSA検査は生命予後を改善しないうえ、治療による性機能障害のデメリットは大きい。USPSTFが、PSA検査によるスクリーニング無用論を発表したのは2012年5月だ。
米国ではPSA検診率が著しく低下したが、日本では今も前立腺がんの住民検診において強力に推し進められている。これについて、藤田保健衛生大学医学部病理学の堤寛教授は「米国と日本泌尿器科学会や厚生労働省の落差はあまりに大きい」と訴える。
「小さくて増殖の遅いがん(ラテントがん)の見つかる頻度は、前立腺と甲状腺に高いことは病理医の常識だ。PSA値が高いために20本近く針生検された病理標本のごく一部に見つかる高分化型腺がんは、大部分がラテントがんだ」
「その証拠に、大阪府のがん登録データでは、前立腺がんの罹患率が急増しているのに対して、死亡率はさほど変化していない。前立腺がんの5年生存率(治癒率)は1987年が52%、2007年には一気に97%に跳ね上がっている。"死なない"がんをどんどん見つけている」
堤教授は「前立腺がん診療における直腸診の重要性は確かだし、特定の患者に標的を絞った選択的なPSA検査の必要性を否定するわけではない」と断ったうえで、こう述べる。
「PSAは病変初期から血中に上昇する例外的な腫瘍マーカーだ。遅まきながら日本でも"患者さんのQOL維持"、そして"念のため医療"にかかる無駄な医療費を削減するため、関係団体や厚労省には、真摯な見直し・考え直しを強く望みたい」
(文=編集部)