見つめ合いふれることで絆を深める
人の幸福感や安心感に影響をあたえるといわれる「オキシトシン」。オキシトシンは、9つのアミノ酸からできた「ペプチド(小さなタンパク質分子)」ホルモンだ。
脳にある視床下部で合成され、下垂体後葉から分泌され、信号を伝える神経伝達物質として働く。オキシトシンには、授乳期の女性に母乳の分泌を促す作用があり、愛情や信頼感にも影響するとされる。愛撫や抱擁などのスキンシップなどでも放出されるため、「抱擁ホルモン」と呼ばれることがある。
2005 年、スイスチューリッヒ大学経済学研究所のKosfeld 氏らは、健康な成人男性にオキシトシンを投与すると「他人への信頼」が増加するという論文を発表。ほかにもストレスを減少させる働きがあるなど、心理的な効果も次々と解明されている。
先日、麻布大などの研究チームは、オキシトシンの変化を調べ、犬が飼い主を見つめ、飼い主が犬にふれることで、お互いに心の絆を深めていくという実験結果を発表。これらをまとめた論文が、米科学誌『Science』(2015年4月16日号)に掲載された。
*「ヒトとイヌの生物学的絆を実証」http://www.azabu-u.ac.jp/topics/2015/04/post_555.html
*「ヒトとイヌの絆形成に視線とオキシトシンが関与」http://www.azabu-u.ac.jp/topics/2015/04/post_555.html
*Youtube動画 https://www.youtube.com/watch?v=NXx1eQuazt8&feature=youtu.be
実験では、30組の犬と飼い主に実験室で30分間過ごしてもらい様子を観察。この前後、それぞれの尿中に含まれるオキシトシンの変化を調べた。
すると、犬によく見つめられた飼い主8人は、見つめられる時間が短かった22人と比べてオキシトシンの濃度の上昇が大きかった。飼い主が犬にふれる時間が長いほど、犬のオキシトシンの濃度は上がる傾向にあった。
一般的に、動物では相手を直視することは威嚇のサインとなるが、ヒトでは「見つめあい」として親和的なサインとして受け取られる。人間の母子間でオキシトシンを互いに高め合う関係があることはわかっていたが、異種間で確認されたのは初となる。
また実験では、オオカミには同様の結果が確認できなかった。人と犬の共生は1万5000年から3万年前に始まる。"最古の家畜"とされる犬は、進化の過程で人間と絆を深め合う関係を特異的に身につけたのだ。
犬は悲しむ力を持ち、人を慰める
近年、比較認知科学では、犬の特異的な能力が注目されている。戦略的知能はチンパンジーが優れているが、「心のありよう」は犬のほうが人間に近いことが、最新の研究によって明らかになりつつある。
2012年、ロンドン大学ゴールドスミス校の研究者らは『journal Animal Cognition』誌に、犬は人間の感情に深く同調し、悲しみを共有しようとする能力があることを発表した。
この研究では、さまざまな犬種18匹を、飼い主のいる部屋と、全く知らない人がいる部屋に招き入れ、部屋にいる人々に、突然悲しみながら泣いたり叫んだりするよう指示した。
その結果、15匹の犬は自分が夢中になってやっていることをやめてでも、人間に寄り添い、彼らに触れる行動をとった。飼い主でなくても誰かが泣くと、ほとんどの犬が静かに近づいて従順に癒しを与えるような行動を示したという。
ロンドン大学の研究者らは、「これらの犬の行動は、人間が成長するにしたがって得る、社会的な精神の成熟と似ており、犬は小さな子どもと同じくらい社会的な意識をもっているといえる」とコメントしている。
犬は人の"最良の友人"といわれ、人間の感情に敏感なことは昔から知られていた。亡き主人の帰りを一途に待った「忠犬ハチ公」の逸話は有名だ。
ほかにも、「1週間、飼い主の墓のそばを離れなかった」「離れ離れになった主人のもとに、遥か遠くの地から奇跡的に帰ってきた」「亡くなった主人と最後に別れた病院前で8カ月帰りを待っている」など、人に寄り添う犬のエピソードは枚挙に暇がない。犬が愛らしく寄り添う姿は、人にとって特別な存在であることを示す、これ以上にない証明かもしれない。
(文=編集部)