連載第2回 死の真実が“生”を処方する

深部体温が2℃下がるだけで見当識障害に! 寒さが和らいでも侮れない凍死のメカニズム

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寒さが和らぐ3月、4月でも東京都内で凍死したケースも

 2月は最も気温が低下する季節。ときどきテレビや新聞で、凍死者のニュースが報じられることがあるが、今回はそのメカニズムについて説明したい。

 基本的に人間の身体は、夏は暑さに、冬は寒さに、それぞれ適応する機能が備わっている。夏の暑さに対しては、汗を蒸発させることで体内の熱を放出し、体温の上昇を防ぐ。冬の寒さに対しては、交感神経が緊張してアドレナリンというホルモンが分泌され、皮膚の血管が収縮して血圧が上昇。そして、震え(全身の筋肉が不規則に細かく収縮すること)を起こして熱を産生し、体温を元に戻そうとする。

 ところで、普段から手足が冷たいという人はいないだろうか。手足の皮膚温度は、周囲の気温に応じて容易に低下してしまう。ある実験によると、片方の手を4℃の冷水に1分間浸すと、手の皮膚表面の温度は平均で4.3℃まで低下していたという。この時、皮膚を走る血管が収縮して血圧が上昇することで、血液が冷やされるのを防いでいる。そのため、手足の皮膚温度は低下しても、全身の体温が低下することはない。この実験によると、血圧は約10mmHg上昇している。

凍死の背景には何らかの事件が潜んでいることも

 身体の一部の温度が低下しても、身体の内部、すなわち頭、胸、腹の内部の温度は約37℃と、ほぼ一定に保たれている。この温度を「深部体温(あるいは中核温度)」と呼ぶ。前記のように、体温がやや低下した時には、体温を元に戻そうとするメカニズムが働くが、体温がさらに低下すると、正常な体の働きができなくなる。血圧は逆に低下していき、心拍数も減少するのだ。

 もし、深部体温が2℃低下して35℃になると、人間の意識状態は低下し、自分の居場所や方向が分からなくなる見当識障害が現れる。さらに深部体温が下がり32℃になると、意識が朦朧として、瞳孔が散大する。そして、深部体温が30℃の状態が15分間続くと、心室細動といった致命的な不整脈が生じ、さらに温度が低下すると心停止だ。このように、深部体温が正常値から8℃程度下がっただけでも、人間は死に至る。

 また、水難事故などで、長時間、冷水に浸っていることで体温が低下し、死亡するケースがある。過去の水難事故の例を分析によると、収容された時の深部体温が31℃の場合は生存確率が50%、深部体温が26℃では生存不可能だという。

 体温の低下をきたすまでには、ある程度の時聞がかかる。そのため、救助までの時間が生死に影響を及ぼす。水難事故の報告では、水温20℃に15時間浸っていた場合の生存率は50%、水温10℃だと5時間浸っていただけでも生存は難しいとのこと。人体の体温低下が、いかに危険であるか、ご理解いただけただろう。

 もし、この時期、寒空の下で寝込んでいる人がいたとする。心臓は動いているものの意識がなく、身体が冷たい状態であれば、直ちに医療機関に搬送しなければならない。根本的な治療は深部体温を戻すこと。そのため、全身を温める、温水を体内に循環させるなどの治療を行う。寒さが和らぐ3月や4月だからといって、甘く考えてはいけない。私も4月に東京都内で凍死した人を検案したことがある。

 凍死の背景には、何らかの事件が潜んでいることがある。何者かに暴行されて倒れ込んだ、薬物(睡眠薬など)を飲まされて放置されたということもありえる。もちろん、自ら飲酒して泥酔した、または、何らかの病気(持病)で倒れ込んだ可能性もある。そのため凍死は、法医解剖によって、その背景に隠されている問題点を明らかにすることが重要なのだ。

連載「死の真実が"生"を処方する」バックナンバー

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一杉正仁(ひとすぎまさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士過程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。
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