全国の自殺者は最近やや減少に転じているものの、依然として1年間に3万人前後を数えており、深刻な社会問題となっている。そこで、筆者が実際に経験した救急医療現場での症例とともに、「高齢者編」と「若年者編」に分けて、その実態を紹介する。今回は高齢者の自殺のケースを見てみよう。
●症例1(70歳代・女性)
5年前に乳がんと診断されて手術を受け、術後、抗がん剤や放射線療法を受けていた。その後の経過は思わしくなく、切除部の痛みや倦怠感を訴え、落ち込んでいた。ただし、精神科、心療内科への受診歴はなかった。
ある日、漬物の染料として用いられる硫酸銅200gを水を加えて飲み嘔吐。患者は夫と同居していたが、自殺を企てたときは不在であった。
自殺を試みて90分後に当院に救急搬送。搬送時には意識清明で、頻呼吸、動悸を訴え、扁桃腺の発赤が著明であった。口腔内は青色を呈していた。酸素吸入や点滴を行い、さらに解毒の目的でペニシラミンの注射も施行した。しかし、翌日、呼吸状態が悪化し、肺炎を併発。更に肝臓の機能が著しく低下し、入院後9日目に亡くなった。
●症例2(80歳代・女性)
2年前に末期の胃がんと診断され、抗がん剤などの治療を受けていたが、全身に転移。抑うつ状態となり、頻繁に「死にたい」と同居している娘に訴えていた。
ある日、娘が不在時に市販の農薬(スミチオン:有機リン製剤)を200mL飲んで当院に搬送された。治療の結果、一命を取り留めたが、その後、さらにうつ状態は悪化した。精神科医とも協議したうえで、今後はホスピスに入所することとした。その2か月後に家族に見守られながら人生を終えた。
多方面の協力が必要
高齢者の自殺企図(きと)の要因としては、①精神的に孤独であり、抑うつ状態になりやすく、②末期がんなどの重篤な身体的疾患を有し、長期間の内科、外科的治療を受けることが多く、③日常的に厭世観を抱きやすいことなどが挙げられる。
また、症例1と2、ともにそうであるが、急性中毒の特徴としては、その原因物質が向精神薬や催眠薬よりも致死率が高い化学薬品を用いる傾向があり、従って既遂率が極めて高い。当院での最近12年間の統計調査では、高齢者の化学薬品中毒は全18例のうち7例(38.9%)と、各年齢層と比較して最も多かった。
自殺企図患者を治療する救急医療現場においては、患者の病状回復に最善の努力を傾けることは当然であるが、その後の再企図の防止のため、精神科や心療内科医、地域の保健婦、ケースワーカーなどへの橋渡しを円滑に進め、これらの担当者との連絡を密にすることも大切である。
また自殺を未然に防ぐためにも、高齢者の定期健康診断などにおいて、身体的のみならず、精神的ケアをも包括した、きめ細かなアプローチが必要であろう。NPO団体、各種ボランティア、自治体などによる高齢者の自殺問題に関しての詳細な分析を試みて、自殺防止への前向きな対応が強く求められる。
残り少ない人生において深く傷つき、苦悩して自殺企図した高齢者を救急医療現場で治療することは、切なく、悲しく、時には怒りを覚えることすらある。退院後に高齢者が再び生きる喜びを見出すことができるようにすべく、多方面の方々との協力が必要であろう。
(文=横山隆/日本中毒学会評議員、札幌中央病院腎臓内科・透析センター長)