外国人観光者の救急医療に赤信号!
私が勤務する都立墨東病院には昼夜問わず多くの外国人患者が受診する。循環器内科医としての日常診療の傍ら、華人である私のもとには緊急での中国語通訳の依頼が来る。先日あった事例を紹介したい。
日本での医療保険未加入の女性の治療費は300万円
患者は60歳代の女性で、路上で意識を失い当院の高度救命救急センターへ搬送された。完全房室ブロックという脈が非常に遅くなる不整脈による失神と診断され、脈を回復させるため一時的ペーシングという機械が挿入された後、意識を取り戻した。引き続きペースメーカーの植込み手術を行う必要あった。
この女性患者の娘は10年以上前に中国から仕事のため来日し、日本人男性と結婚して永住権を獲得していた。現在は仕事をしながら子育てと家事に追われている。娘を手伝うため中国から母親である患者が定期的に来日するようになり、今回も1週間前に来日していた。患者は娘が不在の間に買い物をしようと外出し、路上で意識を失い倒れたところを発見され、救急搬送されて一命を取り留めた。
今回の治療では300万円ほどの支払いが必要となる。しかし、彼女は日本で使える医療保険に加入していなかったため、この費用が全て自費になってしまう。「娘1人では支払ができない」と言う。
都立病院の場合、このような経緯で発生する未払いによる赤字は都民の「税金」で補填されるため、未払い極力抑えようとする。
私は、中国語でペースメーカーの必要性と植込み後の注意点について説明した後に、必要になる医療費についての説明を付け加えた。すると患者本人がペースメーカーを植え込んだ後すぐに退院すると言い出した。機械本体の費用と最低限の入院費だけであれば払えるそうだ。確かに入院日数を減らせば入院費が抑えられる。しかし、ペースメーカーが体外に露出する危険性や、そこからの感染・出血のリスクがありとても危険である。何より、植込み直後にペースメーカーが機能不全になる可能性もあり、この患者の場合そうなると致命的である。中国語で丁寧に説明すると入院の必要性を良く理解したようだったが、娘は顔を曇らせて帰って行った。
翌日病室を訪ねると、状況は娘が日本人のご主人に相談して入院費の支払いを快諾されたということであった。結局、手術を施行し経過観察後に退院して、中国の病院でフォローアップを受ける方針となった。私達は可能な限り安価な機種を選択し、合併症が起こらないように細心の注意を払ってペースメーカーの植え込みを行い、中国の病院宛の診療情報提供書を持って1週間後に退院となった。