街で食事をするのに市民の理解が必要
制服公務員が制服のまま食事を摂ったり、食べ物や飲み物を購入したりすることに、法律による一律のルールはない。
東京消防庁は13年前の2005年から、休憩時間に食事ができなかった場合に限り、病院からの帰り道に救急車でコンビニエンスストアやファストフード店に立ち寄って食事を取ることを認めている。
当時の報道によれば、同庁の出動数は1日2000件近いハイペース。救急車の位置はGPSで把握され、病院から戻る途中でも出場指令が出るため、消防署に戻らず4~5回連続で出動することも度々ある。
同庁が、年間出動件数3500件を超える53隊について1週間調査した結果、1日平均2隊が3食のうち1食を取れない状態だった。そのため「原則署内」とされていた食事の規制緩和に踏み切ったという。
同救急指導課は「救急隊の仕事は重労働で、食事をしないと隊員が体を壊してしまう。遊んでいるわけではないのでご理解を」とコメントした。
最近の例では昨年4月、船橋市内の病院に「救急隊は連続する出動などのため、食事が摂れない場合があります。そこで……ご理解をいただいた病院の売店等で飲食物を購入し、飲食を摂ることにしました」という告知文が掲示され、ツイッターで話題になった。
これを出したのは船橋市消防局。やはり年々増加する救急出動により、救急隊員が適正な時間に食事ができないことが多かったため、市内のいくつかの医療機関の協力を得て対応を行ったという。
制服を着ていても救急隊員だって私たちと同じ人間。十分な食事と水分を摂らなければ激務をこなすことはできない。しかし、その「当たり前」へのクレームを想定して、わざわざ理解を求めなければいけないのが現実なのだ。
海外ではスタバが10%オフで商品を提供
救急隊や警察官の制服や、緊急車両が日常風景に入り込むことへの過剰反応は、日本特有のものかもしれない。
アメリカやヨーロッパでは、警察官や救急隊員が制服のままコンビニエンスストアに寄ったり、ファストフード店で食事をしたりするのはごく普通の風景だ。スーパーに消防士が買い出しに行けば、買い物客はみんな消防車に手を振る。
体を張って人命救助に携わる彼らは市民から親しまれ、尊敬されている。公共の場にいると、店から特別サービスを受けたり、市民に列の順番を譲られたり、差し入れをもらったりすることも珍しくないという。
今年3月に、スターバックスがイギリスとアイルランドの各店舗で、救命救急に携わる人々に、今後、永久に10%オフで商品を提供すると発表している。対象となるのは、救急車に乗り込む隊員、医療関係者、警察、軍のOB&OGなどだ。
このニュースを報じた「HUFFPOST」日本版「スタバがコーヒーを永久10%オフにした職業とは?」によると、スターバックスの欧州エリアのリンチ副社長は「私たちの地域のために日々尽くしてくれているヒーローたちに感謝すべき時だ」とコメントを発表したという。
クレームをそのまま受け入れることが問題
日本の労働環境が少しでも欧米に近付くことを切に願うが、一方でネットの反応を見る限り、救急隊員が店に立ち寄ることに理解を示す人がほとんどのように感じられる。
つまり、一部のクレーマーの声が大きくなりがちだということだろう。自由な社会である以上、クレームが上がること自体は仕方がない。問題なのは、クレームを受けた側が説明責任を果たさず、すぐに謝罪してしまうことだ。
24時間体制で出動のある消防職員にとって食事の調達は苦労が多い。当番制で自炊をするために以前は消防署の車で買い出しもしていたが、「消防車で買い物していいのか」といった苦情や通報が相次ぎ現在は全国的にNGとなった。そのため、わざわざ非番の日に食材の買い物をするケースもある。
とはいえ、買い出しの際は装備も車に載せた出動態勢で無線機を持って行動しており、むしろ庁舎内で待機しているよりも出動が早い場合もある。さらに近隣のパトロールを兼ね、市民の防災意識を高めるメリットもあったはずだ。しかし、そうした説明はなく理解は進まなかった。
本来はクレームを受けた行政が、消防勤務の特殊性と詳しい事情を広報し、丹念に理解を求めていくべきなのだろう。
限りある医療資源を疲弊させるな
今後さらに高齢化が加速し、猛暑の夏が続けばなおさら、日本における救急搬送数は増え続けるだろう。しかし、それを担っていく医療リソースには限りがある。
救命に携わる仕事はただでさえストレスフルだ。その上まともに食事や休憩が取れないような労働環境では、将来的に人手不足なるかもしれない。実際に救急の現場自体に、高齢化の波が押し寄せているのだ。
建設的な意見は別として、無知や身勝手から起こる過度なクレームは、限りある医療資源をすり減らし、ひいては公共の利益を損ねる。そろそろそうした共通の社会認識をつくっていくべきではないか。
いつ自分が命を救われる立場になるかもしれない。救急医療に守ってもらいたいのなら、まず彼らの労働環境を守り、応援する意識を持つべきだろう。
(文=編集部)